フェンデル兵に引きずられ、私はライオットピークの暗い部屋の中に押し込まれた。
外から鍵をかける音が聞こえたので、私はすぐにドアの近くに寄る。
「ちょ、ここから出してよ!」
「煩いぞ、女」
「というかなんで私なのさ!」
「お前が一番弱そうだったからだ」
「あぁ…さいですか」
ムカついたので、ドカッとドアを蹴ると、また怒られたので大人しく座ることにした。
「おじさーん、ここ寒いです」
「おじさんじゃない!俺は20歳だ!」
「でも声がおじさ「黙れ」
はぁ、このおじさん、話し相手にもならない。…暇だなぁ。
アスベルたち、助けにきてくれるのかな…。
もし、放っていかれたらどうしようかなぁ。
…いやいや、ありえないよね!
…いやいや。
「でも、ヒュー…。さっき舌打ちしてた、よね?」
まったく、面倒事を次から次へと増やすんですから。…さて、時間もないので名前は放っておいて、フェンデルへの潜入方法を考えましょうか。
…なーんて意味の舌打ちだったのか、なぁ。
あ、あれれ。目から何か出てきたぞ。
「おじさーん」
「…だからおじさん言うな」
「皆、私のこと迎えに来てくれると思う?」
「…知らん」
「来てくれなかったら、私一生ここで暮らすんですか?」
「……」
「そんなの嫌すぎますよー。悲しすぎますよー」
「仲間、なんだろう。…迎えに、くるんじゃないか?」
ふっ、とおじさんの声が優しくなる。
と同時に、鈍い音が辺りに響き渡った。…何?
暗い部屋の中に、光が差し込む…。
見えたのは、先ほどまで会話をしていたであろう、おじさんと黒いフードを被った人だった。
「大丈夫か」
「あなたは…?」
声からして、男だろう。
その大きな手に引っ張られて、私はあの暗い部屋から脱出した。
「え、え…?」
「…」
「何で、助けてくれたんですか?」
「…」
怪しい…怪しすぎる。
助けてくれた人とはいえ、感謝の気持ちより疑問のほうが強かった。
フードから覗く銀色の髪を見ていると、繋がれていた手がふっと離される。
「え…?」
「ここから先は一人で行け。…一本道だ、迷う事はない」
「ど、どこへ続いてるんですか?」
「闘技場だ。お前の仲間はみんなそこにいる」
「みんなが!?は、早く行かなくちゃ!あ、えっと、すみません!」
通路を見て、もう一度フードの人を振り返ると、そこにその人の姿はなかった。
「…?」
私は首を傾げる。…あの人は、なんだったんだろう。
…いや、それよりも。
「みんなの下へ行かなくちゃ!」
私は通路の奥に足を進めた。
というか、見張りのおじさん…なんかごめんね。
「切り裂け!ストリームアロー!」
フェンデル兵に、術が見事に命中した。
敵が倒れたのを確認し、私は皆の下へ駆け寄る。
「みんな!」
「名前!無事でよかった!」
アスベルに声をかけられ、私はそれに笑顔で答える。
「でも、どうやって逃げてきたの?」
「なんか…知らない人に助けてもらった」
「知らない人?…それは、フードを被った者ではなかったか?」
「え?なんでマリクさん、知ってるんですか?」
「その男は…「お手数おかけして申し訳ありません」
マリクさんの声は、フェンデル兵の女に遮られた。
私は槍を取り出して、その人に向ける。
「名前、この人は敵ではありません。例の密偵です」
「え、ああ。ご、ごめんなさい」
槍を下げると、密偵の人も申し訳なさそうに頭を下げる。
と同時に、銃声が聞こえた。
「うぐっ!」
見ると、密偵の人肩を押さえて座り込んだ。そこから、血が溢れる…
「!」
「気絶していると、思っていたのですがね」
ヒューバートはキッと一点を睨みつける。
その視線を追い、見ると、あのフェンデルの小隊長が銃を構えてこちらを見ていた。
「次はお前たちだ!」
「やめろ。決着がついた後で再び武器を構えるのはここの掟に反する。そんな事をすると…」
「…もう、遅いようですよ」
バッ。
何かが闘技場へと降りてきた。
黒いマントを被り、フェンデル兵と私たちの間に立つ…。あの人は…!
「わ、私を助けてくれた人だ!」
「あの人が?」
シェリアの言葉に頷き、私はあのマントの人を見る。
「お、お前は…!」
驚く小隊長を刺し、黒マントの人はゆっくりとこちらをちらっと見る。
「凄まじい身のこなしだ。…あの人物は一体…」
「ライオットピークの番人。この地を目指す猛者たちが目標とする人物でもあります」
「あの男はここの掟を破った。ゆえに制裁を加えられたのだ」
「ぼくたちには何も非はありません。安心して戻れますよ」
マントの人は、そのまま闘技場の奥へと去っていく。
あ、私…お礼言ってないや。
去っていくマントの人に近づき、声を掛ける。
「あ、あの…!」
「…」
「さっきは、ありがとうございました!」
「…別になにもしていない」
「でも…でもあなたのおかげで助かりました!本当にありがとうございます!」
「…これからは、気をつけろ」
「はい!」
フッ、と微笑むと、黒マントの人は今度こそ奥へ行こうとする。
これは、本当に無意識だった。
「あの!」
「…まだ何かあるのか?」
「お名前は…」
「……」
彼はゆっくりと振り返り、私にだけ聞こえる声で言った。
「…――」
優しく微笑んで、彼は今度こそ闘技場を後にした。