リチャードが輝石の原素を吸収したのは、どうやらストラタだけではなかったようだ。
ウィンドルの大翠緑石も、ストラタの大蒼海石と同様にリチャードによって吸収されていた。
そうすると、次に狙われるのはフェンデルの大輝石…大紅蓮石だ。
私たちは、ストラタの大統領に頼まれ、その場に来ていたヒューバートとともにフェンデルに向かう事になったのだ。
「名前…あなた、本当に大丈夫?」
シェリアが私の傍に近寄り、声を掛けてくれるが、私はとても答える気になれなかった。
どうして、どうしてリチャードはあんなことをしたんだろう。
原素を体に取り込むなんて…。わからない…。…力が欲しかったから…?それでも、それでも…。
昔のリチャードの言葉が蘇る。
「この大輝石は我が国の象徴であり繁栄の礎でもあるんだ。大切にしないとね」
そう、言ってたのに…。大切に、しないといけないって…言ってたのに…。
幼少の頃の、大輝石を見上げるリチャードの瞳、…それは真っ直ぐで、揺らぐことなんてなかった。
ふと、腕を見る。
そこにはくっきりと痕が残っていた。…黒い物に捕らわれた時に出来た痣、だ。
リチャード…。
この傷を見るたび、後悔が私を襲うんだ。
何故あの時、何もいえなかったんだろう…。私は色んな事に囚われすぎて、すぐに考えを見失ってしまう。
あの時、リチャードと二人だったとき…。いや、その前もずっとずっと。…彼は私に何かを伝えようとしていた。
でも…それを聞く勇気が私にはなかったのだ。…結局、自分のことしか考えていないのだ、私は。
名前…
リチャードが私を呼んでいる気がした。
名前、助けて…僕を、助けて…
私は砂漠がある方を向く。しかし、そこにリチャードはいるわけではなく…。
「リチャード…」
彼の名を呼ぶ私の声は、静かに消えていった。
そのまま一人で後ろの方をとぼとぼと歩いていると、先に進んでいたヒューバートが、一人こちらへやってきた。
私の目の前で止まると、しかめっ面でこちらを睨む。
「……」
「名前、あなたに言っておきたいことがあるのですが」
「何…?」
「何があったのか聞いています。ですが、もう少し周囲の事も考えてください」
「……」
そんなこと言われたって、仕方ないじゃないか。これが平常心でいられるか?
私はヒューバートを見て言い返した。
「考えてください、って言われても。…リチャードのこと、気になるし」
「今は大輝石のことを考えてください」
「大輝石のことって…!」
私はヒューバートをドンっと叩く。けれども彼は微動だにしない。
それがくやしくて、何度も何度も彼を叩く。
「じゃあヒューバートは、リチャードのことが気にならないの?リチャードは苦しんでいるんだよ?」
「そうですね」
「そうですね、じゃない!友達なんだよ?リチャードが助けて、って。ずっと、言ってるの!友達なんだよ!?私が助けなくて、どうするのよ!リチャードのこと、考えちゃいけないの?ふざけないで!」
「ふざけてなんかいません」
「嘘!なんでみんなそんなに普通でいられるのよ!意味がわかんないよ!友達じゃないの?ふざけてるわよ!」
「悩んでいるのは、考えているのは、傷ついているのは、名前だけじゃない!」
「!!」
ヒューバートが私の手を押さえる。
すっかり広がった身長差、上から彼に睨まれて、私はそれが怖くて涙が出てきた。
「…ふざけているのは、貴女の方です。周りのことも考えずに、一人でいつもいつも悩んでいる。…それがどれだけ迷惑か、考えた事…あります?」
「……」
「一人で突っ走って、暗くなって…。自分勝手すぎます。…そのくせ、いつも一人で解決しようとして考えこんでまた暗くなって…。はっきり言って迷惑です。皆さんだってそう思ってると思いますよ」
「…」
「名前だけじゃないんですよ。陛下のことで悩んでいるのは。…それでも、皆さんは普段通り…。何故だかわかりますか」
「……」
「貴女以上に、考えているからですよ。考えて、リチャード陛下を止めようとしているんです。そのためには、大輝石に向かうのが一番良い方法…ですよね」
「…うん」
「これからどうするのか、それを考えるのが、陛下のためにもなるということです」
ヒューバートの言う通りだった。まったくそうだ。
目の前の悲しみに、いつまでも捕らわれていた。…先のことなんて、考えていなかった。自分の事しか、考えていなかった。
涙がぽろぽろと零れ落ちる。
すると、ヒューバートは私を優しく抱きしめる。
「すみません…」
「どうして、ヒューが謝るの…?」
「もう少し…言い方というものがあったと思いまして」
「そんなこと、ないよ…。…あーあ。私、ホント…駄目だね」
「…貴女は優しいんです。…ですが、そのせいで周りが見えなくなる…」
「私、どうしたらいいのかな」
「…大輝石に向かい、リチャード陛下止めるのではなかったんですか?」
ヒューバートが呆れたように呟く。
そう、そうだよね…。
「ごめんね、ヒューバート」
「いえ…」
「私、自分のことしか考えて無かったよ」
「それは違います。貴女は人のことを考えすぎる。そのせいで、他の事に意識が向かなくなるんですよ、きっと」
「……」
「とりあえず、どうしても耐えれなくなったら…頼ってください」
「ヒュー…?」
「昔から、抱えちゃう癖…直っていないんですね。少しは…他人を頼ってみるのも悪くはないと思いますよ」
少しだけ、笑いながらヒューバートは私に優しく声を掛けてくれる。
そんな優しい彼に、私は寄りかかる。
「名前…」
「じゃあ、少しだけ…胸を貸して」
「もちろん、ですよ」
砂漠の中、私は決意した。
それはほんの少し遅すぎたのかもしれないけど、でも。
私は、決意した。
彼を…なんとしても止める。みんなと、一緒に…!