「名前、本当にどうしたの?」


ぼーっとした意識の中シェリアに声を掛けられ、私は慌てて顔をあげる。すると太陽の光が眩しくて思わず目を瞑ってしまった。
そして意識がだんだんはっきりしていった。…ここはオル・レイユ。数日間ずっと船に乗りっぱなしで疲れたので、今日は一晩ここで休む事に決めたのだった。


「なんでもないよ?」
「本当…?ラントを出てからずっと心ここにあらず、じゃない。何かあったの…?」
「…なにもないよ、心配かけたんだったらごめん。本当に何もないから」
「それなら…いいんだけど」


お父さんがいない…。それは私にとって、本当に悲しい事だった。男手一つで私を育ててくれたお父さん。優しくて、頼りがいがあって…


「(もう、考えるのはよそう…。考えても仕方ないんだ)」


どうしようない自分に嫌気が差してくる。悩んでばかりじゃ、何も解決できないのに…。
リチャードのことだってそうだ。
王都を出る前、あれだけリチャードを助けようと思っていたのに、いざとなったら全く行動に移せなかった。
私はなんて弱いのだろうか。

こんな私に唯一できることは、仲間に心配をかけないこと。そう思った。せめて彼らの前では、弱い自分を見せたくなかった。



宿屋につくとアスベルが受付に行き、部屋を取りに行った。
すると、大して時間もかからず部屋が取れたようで、満足そうに笑いながらアスベルは戻ってきた。


「部屋が3つ取れた。俺と教官は決まりだから、あとは女子で2人ずつ分かれてくれ」
「だって、どうする?」

アスベルから鍵を渡され、私は女子3人を振り返りながら言う。
すると、シェリアが私の腕を取り笑う。


「私は名前とがいいわ」
「え…?」
「久しぶりにゆっくり話しましょう?」
「いいけど…パスカルとソフィは?」

そう聞くと、パスカルは嬉しそうに飛び跳ねる。

「もっちろーん!ソフィと一緒だなんて…触り放題じゃない!うっひひひー!」
「パスカル怖い…」

ソフィはツインテールを揺らし、私の後ろに隠れパスカルの方をチラチラと伺う。
パスカルはというと、指をぐにょぐにょ動かしながら顔をニヤつけせソフィを見ていた。


「パースーカール?ソフィに変なことしちゃ駄目よ?」
「ちょ、シェリア怖いよー。もー、わかったよ」

シェリアが腰に手を当てながら顔をしかめると、パスカルは降参したように両手をあげる。


「ソフィ、何かあったら呼んでね」
「えー、名前までそういう事言っちゃう?だーいじょうぶだって!何にもしないよ!」
「信じられない…」
「ソフィまでひどいー!」


あんまりだ!と嘆くパスカルを笑いながら慰め、私たちは談笑しながら各々の部屋へと向かった。






パタンと戸を閉め、私たちはベッドに腰を下ろした。
夕食までまだ時間はある。散歩に行こうかな…いや、でも外は暑いしなぁ…。

悶々と考えていると、シェリアが私のベッドに座った。


「どうしたの?シェリア」
「さっきも言ったじゃない、お話しましょう?って」
「あ…そうだったね」


ははっ、と笑うとシェリアは急に無表情になった。怒らせちゃったかな…?
そう思い、シェリアの顔を遠慮がちに見ると、彼女は今度は悲しそうな表情をしていた。


「シェリア…どうしたの?」
「名前…貴女、笑えてないわよ?」
「え…?」

シェリアの言葉に驚いた。笑えてないって、どういうこと…?
「どういうこと?」と聞くと、シェリアは目を伏せる。


「上手く、笑えてないわ。…笑いたくないって、身体が拒否しているみたいに…悲しそうな笑顔だわ」
「……」


悲しそうな笑顔…。そうか、私は笑えていないのか…
シェリアに迷惑をかけている…私は、皆に心配をかけないと誓ったばかりじゃないか。


「ねぇ、名前…。何かあったんでしょ?」
「…ないよ」
「嘘。嘘でしょ?何かあったに…」
「何も無いって言ってるでしょ!?」


イライラして、つい強い口調で言ってしまった。
慌てて前を見ると、シェリアは驚いたように固まっている。


「あ……。…ごめ、ん」
「…こちらこそごめんなさい。しつこく聞いてしまって…」


シェリアは泣きそうな顔で笑う。それと同時に私の胸は痛んだ。

嗚呼、私は何をやっているんだ…。
シェリアにこんな顔をして欲しくなんかないのに…。


「シェリア…」
「ほら、そんな顔しないの!…ただね、貴女はいつも抱え込んじゃうから…何か助けになれたらいいなって、そう思ったの」
「…」


シェリアの優しさに触れ、私は涙を流した。
こんなに私のためを思ってくれているなんて、すごく嬉しかった。


「あのね…シェリア」


私はぽつぽつと言葉を紡ぐ。
お父さんが死んだ事、リチャードと玉座の間で起こったこと、これからどうするのかをずっと悩んでいた事…。
シェリアは何も言わずに聞いてくれた。それが心地よくて、私の口から出てくる言葉は止まりそうになかった。

全てを話し終えた瞬間、シェリアは私をぎゅっと抱きしめる。その温かいぬくもりが気持ちよくて、私も彼女に抱きついた。
そして、優しく私の頭を撫でる。


「辛かったわよね…ごめんなさい、気づいてあげれなくて」
「ううん、…そんなこと、ないよ」
「でもね…名前は悪くなんか全然ないわ」
「でも、私…これからどうしたらいいのか、本当に分からなくて…」
「名前は自分の正しいと思ったことをやればいいの。それに良し悪しなんかないわ」
「自分の正しいと思ったこと…?」


私の問いに、シェリアは頷く。


「そう、現に今まで沢山のことを考えていたじゃない。それを行動に移せなかっただけで、心はちゃんと真っ直ぐ前を向いているわ」
「…真っ直ぐ…前を向く?」
「名前は弱くなんかない、強いわ。だって人のことをちゃんと考えているんですもの。…自分が思ったとおりに進めばいいのよ」


シェリアのその言葉が、心に響く。
自分の思った通りに進めばいい……。


「自分の、したいこと…」
「そう…今名前がやりたいことは?」
「…私は…。リチャードに言いたい、ラントで言えなかった事を…私たちがついてるって、彼に伝えたい」
「そうね。…伝えたいね」
「そして、シェリアを…アスベルを、ソフィを…マリクさんを、パスカルを…ヒューを守りたい。みんなを、私の大切な人たちを守りたい」
「!名前…、あなた」
「今はヒューの大変なときなんでしょ?だから、私はヒューを助ける。ラントを助ける。…リチャードは、すぐには難しいかもしれないけど…次に会ったときに必ず伝える」
「…それがいいわ。きっとリチャードもわかってくれる」



シェリアの言葉に頷き、私は笑う。
するとシェリアに「いい笑顔ね」といわれた。



私が今やらなきゃならない事…

それは、クヨクヨすることでもうじうじ悩むことでもない。
今できることをやる、それだけでよかったのだ。





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