「これは…予想外の来客ですね」
ヒューバートは少し目を見開いて眼鏡を上げながら立ち上がり、アスベルを睨みつけた。
彼は変わった。昔はもっと穏やかで…あんなに厳しい表情なんてしなかったのに。
「面会の約束をした覚えはありませんが」
「ヒューバート、話があって来た。無条件に勧告を受け入れろとは言わない。だがせめて交渉の席に着いてもらえないか?」
リチャードと約束した。だから必ず成功させないといけない。
アスベルが拳を握ったのを私は見逃さなかった。
「このままでは輝石の流通が滞り、ウィンドル国民の生活に深刻な影響が出るんだ。…頼む、ヒューバート」
「新国王陛下は、あなたを遣わせばぼくが撤退勧告に応じるとでも思ったのでしょうか?」
「俺がここへやって来たのは自分で志願したからだ」
「だとしたら、あなたの見通しは甘すぎますね」
ヒューが呆れて下を向いたのと同時に、屋敷の外から騒音が聞こえた。何事かと思い、窓の方を見ると、執務室のドアが乱暴に開けられた。
見ると、ストラタの軍服を着た眼鏡の男が息を切らして立っていた。
「少佐!緊急事態です!ウィンドル軍が突然攻めてきました!ウィンドル軍の勢いは凄まじく、味方は既に市街地まで押し込まれています!」
「なんだって!?」
「一体どうなってんの?戦争になるのを止めるためにここへ来たんじゃなかった!?」
「リチャード…!」
「名前!」
私は急いで屋敷を出る。
後ろから仲間たちが私を呼んでいたが、無視して私はドアが開けた。
悲惨だった。
街の人たちが倒れている、ストラタ軍やラントの人たちは必死に応戦しているが、何分突然だったため、ウィンドル軍に対抗できない。
私は探した、リチャードはきっと来てるはずだ。
「名前」
後ろから声がかかる、振り返ると腕を取られ拘束されてしまった。
「リチャード…!」
「随分と無防備だね、こんな状況なのに」
笑いながら私の腕を拘束するリチャードに、私はゾッとした。
でももう決めたんだ、だから…!
「リチャード、なんでこんなことしたの?」
「最初から侵攻する気だったから、それ以外理由はないと思うんだけど」
「騙したの…?」
「人聞きの悪い言い方をするなぁ、僕は侵攻しないとは言ってないじゃないか」
確かに、彼はアスベルに説得に行かせただけで元々あった作戦を中止するとは言っていない。だけど…
「私たちが帰ってくるの、待てなかったの?」
「…遅いのがいけないんだよ」
「今着いたばかりだったの!」
「そんなの関係ない。僕が決めた事だ、誰にも口出しはさせないよ」
リチャードはそういうと、私の腕を拘束したまま屋敷へ歩いていった。
屋敷の方を見ると、アスベルたちが周りを見渡している。
「弟君を説得出来たかい?」
みんなが驚いて振り向く中を、リチャードは冷たく微笑みながら歩く。
「どうやら様子を見に来て正解だったみたいだね」
「名前!」
「名前を離すんだ、リチャード!」
「…フフフ」
リチャードは笑うだけで私を開放しようとしない。
「…リチャード、どうしてこんな事を!」
「既に伝えてあっただろう?ラントを攻めると」
リチャードは屋敷の方までゆっくりと歩いて行く、私も自然とそれに着いていくしかなかった。
みんなは警戒しながらこちらをじっと見る。
「それにこれは君のための戦いでもある。故郷を取り戻してあげると約束したじゃないか」
「俺はこんな事を頼んでいない!」
「君が頼まなくても、ラント侵攻は実行したよ」
「どうして…?ラントが綺麗って、好きだって言ってたじゃん!沢山、思い出もあるでしょ!?」
「そんなの、もう昔のことだ」
否定された。
私の大切なものを否定された…
みんなと楽しく過ごしたあの数日間は私にとって本当にかけがえのないもので…
リチャードもそう思ってくれてるって信じてた。なのに…!
「リチャードっ!」
返事は返ってこない。
その代わりに、パンっという乾いた音が響いた。