戴冠式が終わった後、私とアスベルはリチャードに呼び出された。
まずはアスベルの名が呼ばれ、彼はさっと膝をつく。


「セルディク大公に与し、陛下に敵対した騎士団関係者に対する処分が決定した。…陛下は寛大にも、処刑を思いとどまられた。主だった指揮官に関しては階級をはく奪し除籍とする」
「アスベル、僕が君をここに呼んだ本題は別にある。君の故郷であるラント領の現状と今後の方針に関して知らせようと思ったからだ」
「ラント領の…」
「ラントに進駐するストラタ軍が近郊にある輝石の鉱脈を占拠したという話は以前にしたな。それにより、我が国における?石の流通に滞りが生じ始めている。このままストラタ軍を放置すると我が国の経済や国民の生活に深刻な打撃をこうむるのは確実だ。陛下はこの事に心を痛められ至急対策を講じるべきだとお考えになられているのだ」
「対策とは、具体的にどんな…」
「ラント領を、攻める」

リチャードの言葉に、私たち二人は驚く。アスベルは立ち上がりリチャードに近寄る。


「なんだって!?ちょっと待ってくれ!そんな事をすればストラタ本国と全面戦争になる!それにラントは…ラントの領民たちはどうなるんだ!」
「ストラタ進駐軍の司令官にあてて撤退勧告を数度に渡り発している。だが彼らはセルディク大公と締結した同盟を盾に取り応じようとしないのだ。しかもラント領の領民たちはストラタへの正式編入を訴えているとも聞く。これは陛下と我が国に対する重大な反逆だ!」
「僕に逆らう者は許さない。ストラタの軍勢ともども我が国土から叩き出してやる」
「そんな!」

これじゃああまりにもアスベルが可哀想すぎる。
やはり、リチャードが変わった理由はセルディク大公以外にもあったのだろうか…。


「ついてはアスベル。陛下は君をラント侵攻軍の先鋒にと仰せだ」
「俺を…?」
「言うまでもなく、これは君にとって名誉挽回と旧領回復の好機だ。陛下の厚いお心遣いに感謝し忠勤を励むがいい」
「お前は俺にヒューバートやラントの人々と戦えと言うのか…!?」

するとリチャードは立ち上がりアスベルを睨みつける。


「口のきき方に気をつけろアスベル。僕はこの国の王だ。…アスベル、君は…王に楯突くつもりか?」
「リチャード…」

アスベルは悲しそうに呟き、何かを決意した目でリチャードを見つめた。


「陛下、俺をラント領へ使者として派遣していただけませんか?」
「君がストラタの司令官を説得すると言うのか?確か司令官は君の弟で、君を追い出したのだろう?」
「肉親だからなんとかなると考えているなら大間違いだぞ。血のつながりは往々にして情愛よりも憎しみを増幅させる。…僕と叔父がいい例だ。君だって…君をこんな境遇に追い込んだ弟を憎んでいるはずだ」


リチャードに、アスベルは首を横に振って答える。


「俺は弟との関係の改善を諦めてはいません。…お願いいたします。どうか、一度だけ機会をお与えください。必ず弟である司令官を説得し、我が国との交渉の席につかせてみせます!」
「……いいよ、わかった。そこまで言うなら行ってくればいい」
「ありがとうございます」
「ただし、時間の猶予はないよ。すぐにラントへ向け出発するんだ」
「…わかりました」
「それと、名前」
「は、はい…」


リチャードに呼ばれたので、私は立ち上がり頭を下げる。


「君に…少し話があるんだ」
「はい…あ、アスベル。私も、一緒にラントに行くから。ちょっと…待っててね」
「あぁ、みんなと待ってる」


そういうとアスベルは玉座の間を去っていった。
その後姿を見つめていると、急に腕を引かれてリチャードの腕の中に引き込まれた。


「名前…こうして君を抱きしめるのは久しぶりだ」
「…」


デールさんたちがいるのに…と思い見回すと、いつのまにか誰もいなくなっていた。


「デールたちならさっき出て行ったよ。…名前、こっちを向いて?」
「は、はい…」


リチャードの腕から抜けだし、彼の方を向き跪く。すると、彼は驚いたように私の近くへと寄った。


「名前、君はそんなことしなくていい」
「ですが陛下、先ほどアスベルに…」
「名前、僕が良いと言っているんだ」
「…リチャード…」
「うん、それでいいよ」


リチャードは満足そうに笑うと、再び私を正面から抱きしめる。
一体、なんなのだ。アスベルは敬語を使わないとだめなのに、私がいいなんて、そんなのおかしい。
…けどそんなことを言えるはずがなく、私は黙ったまま目を伏せる。


「名前…僕は王になった…。これから、君とこうして会える機会も少なくなるだろう」
「…うん」
「でも僕は君に傍にいてほしいんだ…名前…」


口角をあげリチャードは微笑みながら私の腰に手を添えた。
すると急に悪寒がした。私はリチャードから離れる。



「名前…?」
「っ…」


私は思い出す、彼が放った言葉の数々、彼の行った行為、そしてアスベルに対する扱い。
黒いものが心の中に渦巻く。

リチャードはゆっくりと私の方へ歩いてくる。…このまま再びリチャードに捕まったら、私はきっとこの黒い渦に巻き込まれて抜け出せなくなってしまう。


「来ないで!」


叫んでしまった。もう、遅い。
リチャードの足は止まり、動かなくなってしまった。

おそるおそる顔を上げると、そこには無表情なリチャードが。


「…リチャード」

呼びかけるが、彼は何も言わない。私を無表情で見つめているだけだった。
私はだんだんイライラしてくる。


「リチャード、アスベルたちが待ってるの。ここから出して」

そういった途端、床に押し倒される。突然の衝撃に、私の身体は悲鳴をあげる。
うっ、と息が詰まった。

相変わらず、リチャードの表情は暗い。
起き上がろうとするが、リチャードに両手を物凄い力で抑えられているためビクともしなかった。


「リチャード、離してよ…」
「アスベルか…」
「え…?」
「アスベルを愛しているんだな、お前は!」


物凄い形相で睨まれる、セルディク大公に止めを刺したときのような、恐ろしい顔だった。


「アスベルばかり…アスベルアスベル、もう聞き飽きた!」
「っ…ちが…」
「アスベルが好きなんだろう?だからあいつを庇う、お前は!」
「っ、いた…や、め…」

押さえ込まれた腕をギリギリと掴まれる。私は苦しくてただ声を漏らすことしかできなかった。


「何故僕のものにならない!僕はこの国の王だ!何故だ!」
「ッ…リチャ…やめ」
「この僕が愛しているというのに!」
「離して、いやだ…やめ、て」
「うるさい黙れ!」



唇に熱が触れる。


「んっ…!」

深く、角度を変えながら何度も行われるその行為に、私の頭はついていかない。こんなの、初めてだった。
慌ててリチャードの身体を押してどかそうとしてみるが、彼に押さえ込まれる。
私は諦め、されるがままになってしまった。



随分と長い間キスをしていた気がする。実際、それほど時間など過ぎてはいないのだが。
やっと身を起こしたリチャードは、立ち上がりくるりと後方を向く。
私も身を起こし、唇に手を当てる。…重ねた唇の感触が脳に張り付いて離れない…。


ショックだった。
私とリチャードの思い出が、全て崩れ去っていくような…そんな気分だった。

悲しくて、悔しくて、涙が出てくる。


「……名前、僕は…」
「……私、みんなが待ってるから…」


それだけ言うと、私はリチャードの言葉を聞かずに玉座の間を立ち去った。







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