あれからみんな、無言のまま南塔を目指した。
梯子を下りたり上ったり…すると、北塔にあったレバーが突き当たりの部屋にあった。


「これ…南門のレバーじゃない?」
「ほんとだ、これを引いたら南門がさがるのよね?」
「ああ、早速引いてみよう」


アスベルがレバーを引く。
すると外から歓声が聞こえる。どうやら無事に門が開いたみたいだ。
とりあえずこれで無事に終わった。


「うまく行ったみたいだね!」
「僕たちの役目は終わった。後は兵たちの働きに期待しよう」
「そうだな」







もと来た道を戻っていると、何かが回る音が聞こえた。

「ひゃあ!?な、何!?なんなの?」


パスカルの声に反応して上空を見上げると、ブーメランのようなものが飛んでいる。
それはゆっくりと私たちの上へと戻っていった。


「この武器は…」
「アスベル、何か心当たりがあるの?」
「これ、は…」
「物事は完全に終わるまで油断してはならない。オレはそう教えていたはずだ」


低い声が聞こえた。
声の主は飛び上がり、私たちの前に着地した。


「マリク教官!」


マリク教官…騎士学校でのアスベルの先生なのだろうか。
彼は後ろに兵士を従えてこちらを静かに見つめる。


「少人数で砦の内部に潜入し、扉を開けて味方を引き入れる。そこまでの手際は見事だった。だが最後の詰めが甘い。ここでオレがお前たちを倒せば、戦局は一気に逆転する」


アスベルの顔が歪んだ。彼にとっては恩師との戦いになる。
…こちらが勝ったら、この人はどうなるのだろう…。だが、もしこちらが負けたら大変なことになる…。
できればこの戦いは避けたかった…。


「そうですよね、リチャード殿下」
「僕が誰かを知ってなお、刃を向けるつもりか」
「それが私の今の仕事です。騎士団は新国王陛下の下に入りましたので」
「殿下に敵対するつもりなら、たとえ教官が開いてと言えど戦うしかありません」


アスベルが剣を抜いた。私も武器を構えて、マリクさんを見た。
すると、マリクさんは目を瞑り頷く。


「…それでいい、アスベル。ならばお前たちの全力をもってオレを止めてみせろ!」


すると、マリクさんは武器を再びこちらへ投げてくる。
私たちはしゃがんでそれを避け、各々武器を持ち突っ込んでゆく。


「魔神剣!」

アスベルが剣で衝撃波を放ち、マリクさんの動きを封じる。


「名前、あの人はアスベルに任せて兵士を狙おう!」


ソフィの言葉に頷き、私は兵士を狙う。


「裂駆槍!」


愛用の槍を前方に突き出し、少し距離を置きながら突き刺してゆく。
そこに、パスカルの術が決まる。


「スプレッド!」


水が噴出し、私はバックステップで兵士と距離をとる。
そして、兵士が怯んだ所にもう一度突っ込む。


「裂風瞬迅殺!」


連続で斬りつけると、兵士は動かなくなった。
もう一人の兵士に目を向けると、ソフィの蹴り技で倒れる所だった。



「レストレスソード」


リチャードの声が響いた。
大量の黒い剣がマリクさんに降り注ぐ。
アスベルとの戦闘によってボロボロになったその身体は剣を避ける事ができず、まともに術を食らってしまう。

マリクさんは膝をついてアスベルを見上げる。


「…強くなったな、アスベル」
「教官…」


二人は互いに見つめあう。私はその何とも言えない光景に、胸が痛んだ。
すると、後ろのドアが開きグレルサイド兵が数人駆け込んできた。


「殿下!公爵様から伝令です。砦を無事制圧いたしました!」
「これ以上あがいても仕方がないようだ」


マリクさんは傷口を押さえながら立ち上がり、武器を投げ捨てた。それに倣うように兵士たちも剣を捨てた。
リチャードが剣を抜き、前に出る。


「往生際だけはいいようだな。感心だ!」
「待ってくれ!教官はリチャードが憎くて歯向かった訳じゃない!教官は…リチャードの目指す国家に必要となる人物だ、だから…」
「必要かそうでないかは僕が決める!」
「リチャード、止めてっ!」


私がリチャードの剣を持っている手を掴むと、彼は急に苦しそうに呻きだす。


「リチャード…、どうしたの?大丈夫?」
「く……なんだ、この感覚…」
「リチャード、どうした?」


リチャードは膝をつき、苦しそうに顔を歪める。


「違う…僕は…!」
「リチャード?」
「大丈夫だ…心配には及ばない。少し気分が優れないだけだ」


リチャードは立ち上がり、ふらふらとマリクさんの方へ歩いてゆく。
そして横目で睨むと、グレルサイド兵に命令する。

「この者たちの処分は後で決める。とりあえず、逃げないように砦のどこかに放り込んでおけ」
「はっ!」


兵士たちはゆっくりと歩いていった。


「リチャード…?」
「先にデールの所へ行っている」


リチャードはそういうと、兵士たちの後に続いて建物の中へ消えていく。
そのうしろ姿を、私たちは黙って見つめた。


「どうやらここが最期の場所ではなくなったようだ」

マリクさんがリチャードの後姿を見つめながら呟いた後、こちらを見つめる。


「アスベル…。卒業こそ叶わなかったが、もうお前は立派な騎士だ。殿下の力になって、この国を支えてくれ」
「教官…、ありがとうございます。これもひとえにこれまでの教官のご指導のお陰です」


マリクさんはフッと笑うと、兵士に連れられ建物に入っていった。



「あの人、これからどうなるの?」
「敵味方に別れて戦ったとは言え、元は同じウィンドルの人間だ。酷い事にはならないだろう」
「そうだと…いいね」
「さてと、あたしたちはこれからどうする?リチャードの所へ行く?」
「そうだな…確かデール公のところへ向かうと言っていたが…」

「シェリア…」


ソフィの声に振り向くと、彼女は手すりから下を見ていた。
シェリア…がどうしたのだろうか…?私は7年前に出会った一人の少女の顔を思い出す。


「え?」
「シェリアが下にいる」
「なんだって?」


私たちは下を覗き込むが、負傷した兵士ばかりでシェリアの姿は確認できない。


「下に行ってみようよ、もしかしたら会えるかもしれない」
「あぁ、そうだな」


私たちは建物の中に入り、中心部の道を目指した。








「アスベル…!?どうしてここに?」


負傷した兵士の治療をしていた彼女は、こちらに気づき驚いて駆け寄る。
7年ぶりに見たシェリアは、とても可愛らしく、女性らしく成長していた。

シェリアはソフィの姿を確認すると、彼女の肩を掴んで安心したような顔になる。


「良かった…!あなたも無事だったのね、一緒にラントを出て行ったって聞いて心配していたのよ」
「あたしパスカル!よろしく、シェリア!」
「あ、はい…よろしく…」


パスカルがシェリアの下に行き、挨拶をするとシェリアは少し驚いたようだった。だよね、私も最初彼女のテンションの高さには驚いたよ。
そしてシェリアは、目線を私の方に移すと目を見開く。


「…あなた…名前…?」
「うん、シェリア…久しぶりだね」
「名前!」


シェリアは私の下に駆け寄ってきて、手を握った。


「本当に…名前なのね…?」
「うん、本物だよ」
「元気そうで良かったわ、あなたとは別れの挨拶なしで離れちゃったから…」

少し表情を暗くして言うシェリアの背中を撫でると、笑われた。


「昔…私が咳き込んだときに、こうして撫でてくれたのを思い出すわ」
「身体は…大丈夫なの?」
「ええ、7年前のあの日から突然よくなったのよ」
「……そっか、良かった…」
「それでシェリア。どうしてお前がここに?」
「私は、ラント領の有志により結成された救護組織の一員として来たの。戦いで負傷した人々を助けたいと思って…」
「救護組織の一員…」
「立派だねぇ。人助けのために戦争している場所へわざわざ来るなんて」
「…そういう事なら今からリチャードに引き合わせよう」
「リチャード、デール公のところに行くって言ってたね。どこかな?」


リチャードを探しに行く事になったので、再びウォールブリッジの中に行くことになった。
…機嫌、よくなってるといいな。





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