私の脳内に、広がる光景
それはあの懐かしい花畑で、私はそこに大切な友だちと一緒にいた。



アスベルがヒューバートをからかい、それをシェリアが注意する。
ソフィは花を摘んでいてリチャードは私の隣に座っていた。

ただただ楽しくて、…幸せで。


リチャードが笑顔で私を呼ぶ。やさしい声で私を呼ぶ。



「名前、名前…」


私を呼ぶ声は段々と強くなる…
だんだんと、その温かい光景が遠のいていくような気がする。





光が、瞼の奥いっぱいに広がる。
それと同時に私は思う、あぁ、夢だったのか…と。

久しぶりに、夢の中で…だけど、みんなに会えたのにな…なんて思っていたら、知らない声が私を呼んだ。

薄く目を開くと、途端に懐かしい香りが広がった。


「あぁ、よかった…名前…」


抱きしめられている。
頬にあたる柔らかい金色の髪がくすぐったい。

過去にも何度か抱きしめられた。すべてを包み込んでくれる、やさしい腕、匂い。


「リチャード…?」
「名前、そうだ。僕はリチャードだ」



私から体を離すリチャード。
7年という壁は厚かった。昔は私と身長や体格はそれほど変わりなかったのに、7年前と比べて、男らしい体つきになっていた。


…それに

リチャードの顔をまじまじと見つめる。
…昔から可愛らしい顔立ちをしていたけど、今は…



「どうしたんだい、名前?僕の顔に何かついているのかな?」
「い、いや…別に!」


慌てて顔を逸らし、辺りを見回す。
簡素なつくりの部屋だった。奥には暖炉があり、小さなクローゼットや机。それに簡易ベッドが二つ(そのうち一つは私が使っていた)あった。

あれ、私…なん、で…



「私なんでここに?そ、そうだ!船は…?」
「船…?」
「リチャードはなんでここにいるの?私、嵐が来て、それで…」


私がそこまで言うと、リチャードは考え込んだ。


「嵐…、先日の大雨の日のことか…?名前、君は、船に乗って逃げてきたのかい?」
「……私は…」








あの日。
大雨の中、バロニアに向けて船を進めていた。


最初は大したことはなかったのだが、だんだんと打ち付けるような強さの雨が大量に降り、船がガクンと揺れた。

そこからだった。
海に住むモンスターが船に乗りあがってきたのだ。

船員たちは必死に応戦するのだが、雨で滑りやすくなっている床、打ちつけるような雨…船の上は途端に地獄絵図と化した。


私も応戦しようと槍を取り出すが、お父さんに無理矢理脱出用ボートに乗せられる。
私は抵抗する。
みんなを残して逃げるなんて出来ない。家族のような船員のみんなを残して逃げることなんてできない。

だがお父さんは黙って、脱出用ボートのロープを切り本船から引き離す。


私は泣きじゃくりながら叫ぶ。
そんな私にお父さんは静かに言った。




「生きろ、お前は生きるんだ。それが私の望みだ」

最後に見たお父さんの顔は、いつもの優しい笑顔だった。








涙を流す私を、リチャードは再び優しく包み込んだ。


「名前、辛かったね」
「うっ、ううっ…」
「大丈夫、きっと無事さ。信じよう」


私の頭を撫でるリチャード。
私は、彼の胸のなかで泣きじゃくった。




「ごめん、もう大丈夫…」

私はそっとリチャードから離れる。彼の表情はまだ曇ったままだった。


「名前、君は砂浜にうちあげられていたんだよ。ここは街道沿いの小屋だ。ここまで僕とアスベルで君を運んだんだ」
「アスベル?アスベルもいるの…?」
「あぁ、食料を探しに行ったんだが…戻ってくるのが遅いな…。すこし様子を見てこようか」


そう言って立ち上がるリチャードの腕を掴む。


「名前…?」
「待って、私も行きたい」
「君は病み上がりだ。無理するのは…」
「無理なんかしてないよ。それに、アスベルに早く会いたい」


私がそういうとリチャードは溜息をつき、手を差し伸べてくれた。


「わがままなお姫様だね。では行こうか」
「あはは、うん」






リチャードがドアを開けると、何かに気づいたかのように目を見開き、私を隠すように前に立った。


「リチャード…?どうかしたの?」
「名前、隠れてて」


リチャードは剣を抜くと、前へ出る。
私はそっと前方を覗いた。


誰かが、戦っているのが見えた。
兵士と戦っている一人は…アスベルだ。身長以外はあまり変わっていないので、すぐにわかった。

それともう一人。
紫色のツインテールが揺れる。



「!!」


私は驚き目を見開いた。
彼女は、死んでしまったと聞かされていた。

彼女を思い出しては、泣いていた。ずっとずっとそのことだけが頭から離れなかった。



「ソフィ…?」




彼女の蹴りで、兵士は倒れた。
それにアスベルが駆け寄る。


「気絶してるみたいだ。…リチャード、この兵たちは…」
「叔父のセルディク大公…。今や国王を語るあの男の手の者だよ」


リチャードは剣を鞘に納め続ける。


「叔父は父から王位を奪おうと昔から策謀を巡らせていた。そしてついに強硬手段に出たんだ」
「セルディク大公が…」
「アスベル、聞いてくれ。デールの下へたどり着いたら僕はすぐに兵を挙げる。父上の敵を討つためだ。…アスベル、僕と共に戦ってくれないか。僕にはこれからも君の力が必要なんだ、頼む」
「わかった。どこまでできるかわからないが、俺にできる限りの事はしよう」


アスベルはリチャードに手を差し出す。


「あぁ…ありがとう!ありがとうアスベル!」


二人は手を握り合い、笑う。


「こうしていると七年前の友情の誓いを思い出すな」

するとソフィ…が二人に近づく。


「ソフィも一緒にやりたいのか?」


ソフィ…
アスベルもこの少女のことをソフィと呼んでいる。

この少女はソフィなの…?
でも…

私は少女を見る。
背格好がそのままだ。あのときの…まま。

あれから7年も経っている。
こんなことは普通、あるものなのだろうか。




じゃあ…
じゃあなんでアスベルはこの子のことをソフィと呼んでいる?

私はわけが分からない。
アスベルはこの子を通して死んだソフィを見ているだけなのか?

それでは、あまりにもソフィとこの子が…かわいそうだ。


「ふたりとも…急にどうしたんだ…?」


アスベルの驚いたような声で、私は我にかえる。
見ると、リチャードとソフィと呼ばれた少女が苦しそうに手を押さえていた。


「リチャード!」


私はリチャードに駆け寄ると、アスベルは驚いたように私を見た。


「名前、気づいたのか!」
「うん、少し前にね。…リチャード…?どうしたの?」
「へ、変だな…急に悪寒が…」


すると、ソフィ似の少女がアスベルの後ろに隠れる。
そこからじっとリチャードのことを見つめていた。


「リチャード、大丈夫か?体の具合が良くないんじゃないか?」
「僕なら大丈夫だよ。それより…名前、体調はどうだい?」
「私なら平気だよ」
「そうか、アスベル、ならすぐにグレルサイドへ向かおう。名前、君は…」
「詳しい話はあとで聞かせて、追いかけられているんでしょう?気になることは、沢山あるけど」


ソフィ似の少女をチラリと見ると、彼女は首をかしげた。



「グレルサイドに、デール公という人物がいる。…彼ならきっと力になってくれると思うんだ。ついてきて、くれるかい?」
『うん、もちろん。…私、これからどうすればいいかわかんないし…。それにちょっとは戦力になると思うよ』
「あぁ、心強いよ、名前」


アスベルに手を差し出されたので、握り返す。


「久しぶり。それとよろしくな、名前」
「久しぶり。…よろしく、アスベル」


彼の手は、7年前より当たり前だけど大きくなっていた。何故だかそれが少し悲しかった。
私は、気を紛らわすように愛用の緑色の帽子を被りなおす。



「じゃあ、行こう」



そういうと、アスベルたちは力強く頷いた。







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