アスベルが兵士に指輪を見せ、リチャードに会えることになった私たち。
何もかもがスムーズに進み、アスベルの機嫌はとてもよかった。




私たち兵士さんに言われたように、大輝石のある広場でリチャードを待っていた。
間近で見る大輝石は、思っていたよりも大きくて綺麗で…とにかくすごかった。


「うわあ、これが大輝石か。こんな大きいなんて凄いや!ラントの風車よりこっちの方が大きいかもなぁ」
「私たちが普段見慣れている輝石とはまるで違うのね。名前はなんて言ったかしら?確かグロ、なんとかって…」
「大翠緑石。緑なすもの、という意味だよ」


振り返ると、緑色の帽子を被ったリチャードがいた。
私と目が合うと、優しく微笑んでくれる。


「リチャード!」
「待たせたね、アスベル。ソフィとシェリアも来てくれたんだね」


するとリチャードは私の近くまでやってきて、私の手を取る。


「名前、こんなに早く会えるなんて嬉しいよ」
「うん、私も嬉しいよ!」
「リチャード、ひとりで出歩いて平気なのか?」
「警備の人もちゃんといるみたいよ、ほら」


シェリアの指差す方を見ると、警備の人がこちらに会釈していた。


「なるほど」


リチャードは大輝石へ近づくと、見上げた。


「この大輝石は我が国の象徴であり繁栄の礎でもあるんだ。大切にしないとね。それにしても嬉しいよ、君たちとこんなに早く再会できるなんて思わなかった」
「お父さんの具合はどうだ?」
「ひとまず、心配はいらなくなったよ」
「よかったな、リチャード!」
「うん、まぁね。喜んでばかりもいられないけど…」

言葉を濁すリチャード。
少しだけ、ほんの少しだけリチャードの表情が曇ったのを私は見逃さなかった。


「ところで君たちはこれからどうするんだい?」
「いろいろ見たり、聞いたりしたい事あるから街をぶらぶらしようかなぁ、と」
「街見物か…」
「リチャードも一緒に来ないか?」
「そうしたいけど…騒ぎが起きると大変だから…」
「リチャードは一緒に行けないの?」
「うーん、まぁ王子様だしね」


暗い顔をするみんな。
そんな中、アスベルは何かを閃いて、顔を輝かせる。



「じゃあ今からリチャードは俺たちの兄貴ってことにしよう」
「て事にしようって…」
「じゃあリチャード兄貴、街見物に行こうぜ!」
「ねぇ、アスベル!リチャードって呼んでたらばれちゃうんじゃないの?」
「あ、そうか…じゃあなんて呼ぼう」
「……タイガーフェスティバル」



ソフィのとんでもない発言に、何人かが凍りついた。
…あれ、なんか聞いた事があるような…。


「それだ!」
「えぇ!?」


アスベルが同意したことに驚く。
って…あ、そうか、タイガーフェスティバルってアスベルがソフィに付けようとした名前か。



「ふ…くくく」
「あああ!殿下すみません!!とんだ失礼を…!」
「あはは、いいね。気に入ったよ」
「リ、リチャード…気に入ったの!?」
「あはは、何もそんなに驚く事はないじゃないか、名前。…じゃあタイガーフェスティバルは今からみんなの兄さんだ」
「俺、兄貴が欲しかったんだよな!うん、決まり!」
「タイガーフェスティバルあにき」
「よし、みんな兄さんと王都見物だ」


わたし達は、やけにノリノリなリチャードに連れられて街を出た。






「さあみんな、ここに立って、景色を見てごらん」


リチャードに案内されてやってきたのは、バロニアから少し北へ出た丘だった。
遠くに見える山々と、どこまで続いているのかわからない川、野原…

綺麗だった。


「わあ…」
「すごい…あんな遠くまで見渡せるなんて…」
「どうだい?ここならラントの景色にも負けていないだろう?」


リチャードは目を細めてこの景観を眺める。


「僕はここの景色は好きでね。護衛に頼んで時々連れてきてもらっていたんだ。ここからだと見えるのは美しい景色だけだ。嫌なものは見なくてすむ…」


リチャードは少し下を向き、また景色を眺める。


「僕はいつも疑問に思うんだ。どうして人と人の争いがなくならないんだろうってね。…僕は争いのない世界を作りたい。でもそんなの、無理なのかな…」
「やれるさ、お前なら!お前が王様になったら、きっとそういう国になるよ」
「…王でなければ父上も病気にならずに済んだのかな…」
「どういう事だ?」
「…ここだけの話だが、父の病は毒のせいらしいんだ」
「毒って…誰がそんなこと?」


リチャードは悲しそうに目を伏せる。


「父がいなくなって得をする人間の仕業という事なんだろうな。…そして、いずれそいつは次の王になる僕にも毒を盛ってくるに違いない」
「リチャードの事も殺そうってのか!?許せない…!許せないぞっ!出てこい、叩きのめしてやる!」
「リチャード、大丈夫?」
「心配してくれてありがとう。そうならないように気をつけるよ」
「リチャード…」
「そんな顔しないでよ、名前。僕は大丈夫だから」


優しく私の頭を撫でるリチャードの手のひら。
私はそれが気持ちよくて目を細めた。

お兄ちゃんがいたら、こんな感じなのかな?温かくて、私を包み込んでくれるような…。
そんな、温かい…優しいリチャードが殺されるかもしれないなんて…。


「リチャード、何かあったらすぐに俺に相談しろよな!」
「うん、そうさせてもらうよ。…ありがとう、アスベル」
「それじゃあ、そろそろ街に戻ろうか」



リチャードの言葉で、皆が丘を降りていく。
だが、私は一人その場から動けないでいた。



「名前…?」
「リチャード、私…」
「毒の事なら気にしないで?大丈夫だから、本当に」
「でも、私…リチャードが苦しめられるなんて、嫌だよ…」


私の涙を優しく拭った後、リチャードはゆっくりと私を包み込んでくれる。


「ありがとう、本当に君は優しいんだね…僕の事をそんなに…」
「リチャード…」


ぎゅっと抱きしめる力を強くするリチャード。
それに応えるように、私も彼の背中に腕を回した。


「こうしていられるのも、あと少しだ…。バロニアから発つのは、すぐなんだろう?」
「うん、またどこか知らないところへ行くの」
「名前、また、会いたい。…大人になったら、君に伝えたい事があるんだ」
「なぁに?」
「ふふ、内緒だよ。…そうだ、これをあげるよ」



リチャードは被っていた緑色の帽子を取り、私に見せる。


「帽子?」
「これは約束の証。大人になったとき、絶対に君に伝えるから」
「貰っていいの?」
「もちろん。…ほら、似合う」


リチャードが私の頭に帽子を被せる。
少しだけブカブカなそれは、とてもいい香りがした。


「いい香り…リチャードの匂いだ」
「ふふ、なんだか恥ずかしいな」


お互い、顔を少しだけ赤くして微笑みあう。

…私の宝物が、また一つ増えた。






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