パンッと乾いた音が響いた。


アストン様がアスベルの頬を叩いたのだ。
アスベルは仰け反り、私とリチャードは驚き、目を見開いた。



「自分が何をしたのかわかっているのだろうな」


前へ出てアスベルを庇おうとするソフィを、アスベルはやんわりと制し父親に向き直る。
すると、リチャードがアスベルの前に出た。


「ラント卿、アスベルは何も悪い事をしていません。彼は僕の命の恩人なんです」
「しかし元はと言えば、愚息が殿下を連れ出したのが全ての原因」
「ラント卿…それは違います。僕が、街を案内して欲しいと、アスベルに頼んだのです。だから、僕の事で彼を罰するのはやめてください。責任は全て僕にあります」
「リチャード…」
「…わかりました、そこまでおっしゃられるのであれば、殿下に関する件はお言葉に免じて不問とします」
「ありがとうございます、ラント卿」
「ただし!」


アストン様は、アスベルに向き直ると厳しい口調で言った。


「私の言いつけにそむき裏山へ行った事はまや別の問題。しかもヒューバートやシェリアに口止めまでしおって!そのせいで捜索がどれだけ遅れたと思う!」
「う……それは…」
「アスベル、お前には当分の間自室での謹慎を命じる!」
「わかったよ…」
「ごめん、アスベル。僕の力が足りないばかりに」
「いいって。謹慎で済んだら軽いくらいだ。ありがとな、リチャード」
「…ところで殿下、王都から急の知らせが参りました。陛下のお体の具合が突然悪くなられたそうです。急ぎ王都へお戻りください」
「父上の!?」
「は、つきましては急いでお支度のほどを。せんえつながら王都へは私もお供させていただきます。ビアスめの護送もありますので」
「父上が…」


青い顔をしたリチャードと護衛の人が屋敷の方へ戻っていくと、アストンさんがヒューバートの方を向く。


「ヒューバート」
「何?父さん」
「お前は私と一緒に来い。いいな」
「えっ?ぼ、ぼくを王都へ?」
「父さん俺は?」
「馬鹿者、お前は謹慎だ!言われた事をもう忘れたのか!」


その言葉でアスベルは不貞腐れて頬を膨らました。


「ちぇ、ヒューバートばっかり」
「ごめん…」
「行ってこいよヒューバート。俺のことは気にするな」
「わ、わかった。それじゃおみやげ買ってくるね!」
「あーあ、俺は謹慎か。つまんないけど仕方ないよな」





屋敷に戻る途中、お父さんに呼ばれたので私は後からいくね、とみんなに伝えお父さんの元へ行った。
私を呼んだお父さんは、少しだけ怒っているようで、あぁ叱られる、そう思った。


「お父さん、あの…」
「悪いと思っているか?」
「うん、夕食までに、帰れなかったし…危ないこともしちゃったし…約束、守れなかった」
「分かっているのなら、それでいいよ」



笑顔になり、私の頭を優しく撫でるお父さん。


「でも、約束を破った罰は受けてもらおう」
「えぇー…」
「一週間、船の甲板の掃除をすることだ」
「うー、わかったよ」
「よろしい。…それとな、名前。もうすぐラントでの用事が終わったんだ」
「え、それって…」


私がビックリして言うと、お父さんは申し訳なさそうに目を細める。


「明日には、ラントから出航しなければならない」
「えぇ…そんなぁ」
「だから名前、みんなに挨拶を済ませてきなさい」
「……わかったよ」




私は領主邸までの道を、とぼとぼと歩いた。
滞在期間が狭まる予感は薄々感じていたけど、ここまで早いとは思わなかったよ。

はあーっと私はため息をついた。






「名前」


領主邸へ戻る道の途中、前方から向かってきた亀車が止まり、中からリチャードが出てきた。
護衛の人に何かを告げると、私の腕を引っ張り、橋の上に連れて来た。



「もう帰っちゃうんだね」
「うん、…君とは別れの挨拶を済ませていなかったからね、こうして時間をもらったんだ」


橋の下を流れる水の水音を聞く。
キラキラと光る川の水を彼は愛おしそうに眺めた。


「ここは、綺麗だ…あそこよりも、ずっと…」
「あそこ…?」
「…僕のいる場所は、とても汚れている…毎日が、ただ過ぎていくだけ。…とてもつまらない」



何も、ない。

そう悲しそうに呟くリチャードの手を、ぎゅっと掴む。


「名前…?」
「そんなに、悲しそうな顔をしないで?…リチャードは、笑っている顔の方がよく似合うよ」
「…ありがとう、名前、僕は、君のことが…」
「殿下、そろそろ」


護衛の人がやってきた。
リチャードは少しだけ悲しそうに目を伏せた。

私はリチャードから手を離し、ゆっくりと距離をとる。


「さよなら、リチャード」
「名前、また会いに来て…」
「うん、絶対に会いに行くよ」



彼は亀車に乗り込むと、やがて亀車は動き出し、街の外へと姿を消した。
その後ろから、もう一台亀車がやってくる。



「名前だ!」


私の目の前で、それは再び止まり、次はヒューバートが顔を出した。



「ヒュー」
「名前も、帰っちゃうんだよね?」
「うん、ヒュー。そうだよ」
「何だか、あっという間だったよね…でも、僕名前に会えて良かったよ!」
「ありがとう、私もヒューと会えて良かったよ」



すると、ヒューバートが少しだけ顔を赤くした。


「あのね、名前…。また、ラントに来てくれる?」
「うん、もちろんだよ!これからもずっと友だちだよ!」
「うん!ずっと友だちだよ」




ヒューバートはそういうと、亀車の中に入る。
中にアストン様もいたので挨拶をしたら、お辞儀をしてくれた。


「名前、またね!」
「うん、ばいばい。ヒューバート!」



手を振って、別れの挨拶を交わした。
亀車が去ったあと、私は溜息をつく。


「…よし」


別れは辛い。

泣きたくなるのをこらえて、私はアスベルとソフィとシェリアがいるであろう領主邸へ向かった。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -