何か、あたたかいものに包まれているような、そんな感覚だった。
そっと目を開けると、リチャードの顔が目の前にあった。


「んっ、リチャード…」


呼んでみるが、ピクリとも動かない。
…そうか、わたし達…崖から。


意識を失う前、リチャードが私を抱きしめて、被害が私に及ばないようにしてくれたことを思い出す。
まさか、リチャードは私を庇って…?

胸がスゥっと冷たくなった。
私を守って、リチャードは…?


「リチャード、起きてよ、リチャード!」


動こうとするが、リチャードに抱きしめられているため抜け出せなかった。
彼の身体を揺らしてみるが、一向に反応がない。



「大丈夫だって、名前。リチャード、息してる」
「ア、アスベル?どうしてここに?」
「お前らを追っかけて落ちてきた。ソフィも一緒だぜ」


そう言って笑うアスベルの後ろから、ひょこりと覗くソフィ。
お、落ちてきたって…。


「にしてもすごい力だぜ、リチャード。俺らが名前を剥がそうとしても、凄い力でもう、なぁ。ソフィ」
「うん」
「そ、そう…」
「んっ…」



リチャードが小さく呻く。どうやらリチャードも目を覚ましたようだ。



「ここは…、っ!?」


抱きしめていたのに気づき、バッと私から離れるリチャード。


「っあ…す、すまない…」
「い、いや…別に大丈夫だよ」


お互い顔を真っ赤にして、そっぽ向きながら会話をする。
そういえば、かなり至近距離だった。男の子の顔が目の前に…あったんだ。なんだか思い出すと恥ずかしくなってくるな…。


「あ、リチャード…。その、助けてくれてありがとう」
「僕は、何もしていないよ…。君一人を崖から引っ張り上げる力もなくて…」
「そんなことないよ、リチャードが私を守ってくれなかったら、頭を打って死んじゃってたかもしれないし…」
「それなら…いいんだ」
「リチャード、身体は平気か?痛いところとかないか?」



リチャードは立ち上がると、手足を動かした。


「なんともないみたいだ」
「…あんな高いところから落ちて、よくみんな無事だったな」
「アスベルと言ったっけ。君には命を助けられたね」

そう言うと、リチャードは懐から何かを取り出す。


「これを受け取ってくれ」
「なんだこれ?指輪か?」
「迷惑をかけたわびと、助けてもらった謝礼だ」
「ばかにするな!こんなもの受け取れるか!」

アスベルは貰った指輪を砂浜に投げ捨てた。
リチャードは驚いたようにアスベルを見つめる。


「俺がお前を助けたのは、金や物が欲しいからじゃない!王子様だったからでもない!なんていうか…ああ、もう!」
「ごめん…、僕は君に失礼なことを…」

リチャードは静かにしゃがみこむと、指輪を拾い悲しそうにアスベルに謝った。


「…アスベル、そろそろ帰らないと」
「ああ、そうだよな…。そうなんだけど…どうしたもんか」


私は辺りを見回す。
すると、何やら登れそうな道があった。


「アスベル、あそこ。何か登れそうだよ」
「どれどれ…お、ホントだな。よし、みんな。今から4人で力を合わせて崖を登る!いいな?」
「え、あ、…うん」
「どんなことがあっても、4人で戦うんだぞ!」
「うん!」
「じゃあ行こう!」


アスベルを先頭に、わたし達は崖を登り始めた。








「…っと。ソフィ、手を出すんだ。引っ張り上げてやるから」

アスベルが手を差し出すと、ソフィはその手を握り、引き上げられた。
続いて、私をアスベルは引き上げた。


「…っと。ほら、次はリチャードの番だぞ」

リチャードに手を差し出すと、彼は困ったように自分の手とアスベルと手を交互に見た。


「ほらほら、何やってるんだ。早く」
「う、うん…」

リチャードが手を差し出すと、アスベルが引き上げた。
これで、全員無事に崖の上に上がってこられた。



「…っと。よし崖の上まで戻ってきたぞ!4人で力を合わせたからここまで来られたんだ!やっぱり友情の力ってすごいよな!」
「友情…?」
「そうさ。俺たちもう友だちだろ?」
「友だち…」
「うん、友だち友だち!」

リチャードの言葉に頷くと、彼は笑顔になった。


「アスベル…わたしも、友達?」
「ああ、もちろんさ」
「友だちって何をすればいい?」
「困ったときに助け合ったり、嬉しいときに喜び合ったり…。記憶喪失ってこういうことも忘れちゃうのか?」
「…よくわからない」

寂しそうな顔をするソフィをアスベルはしばらく見つめた後、何かをひらめいたようにアスベルは手を叩いた。


「そうだ。いい事を思いついたぞ」
「この木を使って、友情の誓いをやろう」
「友情の誓い?」
「街の言い伝えにあるんだ。木に名前を彫って、その前で手を合わせて誓いをすると、かなうんだって」

アスベルに尖った石を手渡され、それで自分の名前を木に彫ってゆく。
私とアスベルとリチャードが書き終わり、残りはソフィのみとなった。


「ほら、ソフィも」
「書き方が、わからない」
「そうか、じゃあ一緒に書こう。ほら、こっちこっち」

アスベルはソフィの手を上から包むと、一緒に文字を書いた。


「ソフィ…っと。よし、これでいい」

みんなで自分の名前が彫ってある木を眺める。

「じゃあ3人とも、手を出すんだ」

アスベルが手を差し出すと、わたし達はその上に自分の手を重ねる。


「…たとえこの先何があっても」
「僕たちは友だちでいよう」
「友だちで…いよう」
「この先、何があっても…」



この先、何があっても…

友達で。友達でいよう。




「よし、これで俺たちはずっと友だちだ!」
「…夜明けだ」


リチャードの声に、私たちは崖の近くへ移動する。そこには美しい朝焼けが広がっていた。


「僕はこの景色と、今日の出来事を、きっと一生忘れないだろう」

リチャードの言葉に頷くと、遠くから声が聞こえる。


「アスベル様、いらっしゃいませんか?」
「リチャード様、リチャード様!」
「名前、どこにいるんだ?」

私たちは笑顔で顔を見合わせ、頷きあった。






私もこの出来事を一生忘れることはないだろう。
…私に出来た、友だち。

…これからも、ずっと…何があっても友達。かけがえのない、友達。







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