「お、いるいる」
家の中からの進入はドアの近くに護衛の人がいて無理そうだったので、窓から入ることになった。
…なんだか泥棒してるみたいだなぁ。
アスベルが梯子を持ってきて、窓枠に掛ける。外から中を覗くと、金髪の男の子と目が合った。
アスベルは窓を開けて、部屋の中に進入する。
「ちょっと入らせてもらうぜ」
「キャア!」
みんなが軽やかに入っていく中、シェリアがすべって尻餅をついた。
「いったーい」
「大丈夫か?」
「もう…何やらせるのよ」
「君たち、誰なんだ?」
冷たい声が部屋に響いた。
ヒューバートがシェリアに手を差し伸べるのを確認して、私はその声の主を見た。
美しい男の子だった。彼は少し動揺したように(まぁ当然だけど)私たちを見回す。
「俺はアスベル・ラント。ここの領主の息子さ。お前が王都から来たリチャードって奴か?なぁ、外へ遊びに行こうぜ!お前ラントは初めてだろ?色々案内してやるよ」
アスベルの言葉に、リチャードはくるりと後ろを向き、冷たい口調で返す。
「放っておいてくれないか。僕はここがいいんだ」
「こんなくらい部屋に一人でいたら気持ちまで暗くなっちゃうぞ?だからさ、な?」
「しつこいな、君は。…僕に取り入ろうとしても無駄だ」
「なんだと?」
声を低くして、リチャードは部屋にいた全員を睨む。
その瞳は、どこか悲しそうだった。
「どうせ僕の歓心を買って利用しようと思っているんだろう。いつもそうだ。僕に近づいてくるのは、そんな奴らばかりだ。もしくは…」
「リチャード様」
ドアが開き、細目で背の高い男が部屋の中に入ってくる。
「ビアス」
「剣術の稽古の時間です。そろそろお支度を」
「…今日はいい。気分が優れないんだ」
「そのような気まぐれはいけません。一日でも休んでしまうと腕がなまります」
ビアスと呼ばれた男は、表情を一切変えずにこちらを見渡す。
アスベルを視界に捕らえると、閉じられた目を少しだけ開いて、そしてまた閉じた。
「君は領主の息子か?何故この部屋にいる。出て行きたまえ」
「気分が良くないのに無理をさせるなよ」
「こちらの事には口を挟まないでもらいたい。身分をわきまえよ」
「剣の稽古なら俺が相手する」
「えぇ?」
「君…」
リチャードやみんながビックリしたように呟く。
ビアスさんは口の端を吊り上げて、笑った。
「…面白い。どういう結末になっても後悔しないように。本当にその覚悟があるのなら、表へ来なさい、いいですね」
そう言うと、ビアスさんは部屋から出て行った。
すぐにシェリアやヒューバートが駆け寄り、アスベルを問い詰めた。
「なんとかするさ。なんとか」
不貞腐れたように呟き出て行くアスベルを、ヒューバートとシェリアとソフィが追いかける。
私は下を向いたままのリチャードに声を掛けた。
「行かないの?」
「…何故、あの少年はあんなことを言ったんだ…?」
「…アスベルは優しいの
「優しい…?」
「私と最初に会った日も、こうやって窓から侵入してきたの」
「君の部屋に?」
「うん。私は船で暮らしてて、世界中を旅してるから友だちがいなかったの。それをどこかで聞いたんだろうね、船にアスベルたちがやってきたんだ」
「…」
「強引だけど、優しいんだよ。人のためを思って行動している。それが、アスベル…。だから、あんまり誤解しないであげて?」
「…僕は」
「さてと、あんまり遅いとアスベルたち、待ちくたびれちゃうよ?行こう!」
「あ、あの…」
ドアに手を掛けようとしたら、リチャードに腕をつかまれた。
「君の、名前は…?」
「私は名前。よろしくね、リチャード」
「よろし、く…」
手を握ると、彼は恥ずかしそうに下を向いた。