バロニアからのお客様を乗せた亀車が事故に遭った、とフレデリックさんに聞いた。
アスベルがそれを見に行きたいと言ったので、私たちは半ば強引にアスベルに連れられ、街道を歩いていた。
「わたしたちが行ってもできることはないんじゃない?」
「そんなの、行ってみなくちゃわかるもんか」
「あ、見て!あそこ!」
前方で一台の亀車が沢山の魔物に襲われていた。
アスベルのお父さんのアストン様やラントの兵士たちが応戦しているのが伺える。
「お前たち…!危険だ!近づいてはいかん!」
アストン様がこちらに気づき、声を上げる。
だが、アスベルはその言葉を無視して傍にあった石を拾う。
「大丈夫だって、よーし、一頭をこっちに引き付けて…」
アスベルが投げた石は、見事にモンスターの頭に当たった。
「うわあ!こっち来る!」
「アスベル!ヒューバート!」
「シェリア!亀車を頼む!」
「う、うん!…今のうちに逃げてください!こっちです!」
シェリアが亀車の方へ行き、中に乗っていた人を安全な場所へと誘導したのを確認して、アスベルは剣を取り出す。
「よしっ、来いっ!」
私とヒューバートも落ちていた棒を拾う。
モンスター退治なら船の上で何度か経験がある…きっと大丈夫だろう。
「ばっかいしょう!」
アスベルが空飛ぶ魔物を斬りつける。
魔物はアスベルの攻撃に怯んだのか、少し下に降りてきた。
「こがはざんっ!えいっ、やぁっ!」
そこへヒューバートが斬りつけると、ソフィが蹴りを入れる。
チャンスだ…!
「せんぷうじんっ!」
お父さんに教えてもらった技で、モンスターを薙ぎ払うと、モンスターは動かなくなった。
「ふぅ、まいったか」
すると、アストンさんがゆっくりと近づいてくる。
「もう安心だぜ、おや…」
「馬鹿者!」
パンッ!っと乾いた音がした。
アスベルの頬をアストン様が叩いたのだ。
「な、なんだよ…いきなり!」
「私は近づくなと言ったはずだ!万が一のことがあったらどうするつもりだ!」
すると、ソフィがアスベルの前に立ち、庇うように両手を広げる。
「やめて」
「ソフィ…」
「ソフィ?…名前を思いだしたのか?」
「兄さんが付けたんだ…」
ヒューバートの言葉に、アストン様は目を細める。
「それで保護者にでもなったつもりか、アスベル」
「そんなつもりじゃ…!」
「ラント卿」
「おお、ご無事でしたか」
亀車に乗っていた護衛の人がこちらへとやってきた。
アストン様はペコリと頭を垂れた。
「我々は大丈夫です」
「今回の件、誠に申し訳ありません!警備の不行き届き、いかなる処分もお受けいたします」
「……ご子息の活躍に免じて許す、との事です」
「もったいないお言葉、ありがとうございます!」
アストン様と護衛の人が話している横で、ソフィがアスベルに声を掛けた。
「大丈夫?」
「あぁ…。ちぇ、なんなんだよ。ぺこぺこしちゃって」
「アスベルにヒューバート。リチャード様には屋敷の客間にご滞在いただくことになった。二人に言い渡しておく。リチャード様のお部屋へは決して近づいてはならんぞ。お前たちはよけいな事はするな。わかったな?」
「なんだよ、それ」
「ラント卿、そろそろ出発してもいいですかな?」
「は!ご案内いたします!」
二人は亀車へと歩いてゆき、やがてラントの方へ消えていった。
アストン様が去っていったのを見て、シェリアがこちらへと走ってきた。
「アスベル!怪我しなかった?」
「これくらいなんともないって」
「リチャードって人…亀車の中にいたのかな。結局全然顔を出さなかったね」
「客間か…」
アスベルが悪戯を思いついたような顔になった。
…まさか。
「兄さん、まさか…」
「あぁ、そのまさかさ。そのリチャードって奴にこっちから会いに行こうぜ」
「やっぱり言うと思った」
「だめだよ、父さんに見つかったらきっとものすごく叱られる!」
「だいじょうぶだって。ちょっと顔を見るだけだから。よし、街へ戻って屋敷の客間へ行ってみよう」
アスベルが笑顔で言う横で、私とヒューバートは顔を見合わせて溜息をついた。