シェリアの姿が見えなくなった頃、アスベルが思い出したように呟く。


「そうだ、父さんが呼んでるんだった」
「お前も一緒に来るか?」
「うん…」
「名前は?」
「いや、私はここで待ってるよ」
「そうか?」
「名前さんも、中へお入りなさいな。紅茶を用意するわ」
「あ、ありがとうございます」


中に入り、客間へと案内された。
アスベルとヒューバートは少女を連れて執務室に入っていった。



「ずっと船で旅をしていらっしゃるの?」
「はい、生まれたときからずっと船暮らしなんです」


ケリー様に差し出されたお茶は、とても美味しかった。
…執務室の方から言い合いが聞こえるのだが、どうかしたのだろうか。


「それは大変ねぇ」
「もう馴れたので平気ですよ」
「そう、まだ小さいのにしっかりしてるのねぇ。おいくつかしら?」
「10歳です」
「まぁ、ヒューバートと同い年なのねぇ…」


ケリー様と他愛もない話をしていると、アスベルが執務室の扉を勢いよく開けて出てきた。
その後ろからヒューバートと少女も出てくる。

アスベルは怒ったように家のドアを開くと出て行った。
少女もそれを追いかける。ヒューバートだけがこちらにやってきた。


「…どうかしたの?」
「うん、ちょっと父さんと言い合いになっちゃって…」
「アスベル…。私はお父様の様子を見に行きます。名前さん、楽しかったわありがとう」
「い、いえ!こちらこそ、ご馳走様でした」



ケリー様が去っていくと、ヒューバートは私の手を握る。
いきなりだったため、少しだけ驚いた。


「急ごう、兄さんたちいなくなっちゃうよ」
「う、うん…!」






外に出ると、アスベルがイライラしたように立っていた。


「まったく、親父と来たら威張ってばかりだ!腹立つなぁ!親父にがみがみ怒られるのはいつも俺ばっかりだ。なんでなんだよ!」
「それは兄さんが長男で、将来このラント領の領主になるからだよ」
「…俺は本当は王都へ行って王様に仕える騎士になりたいんだ。王都には騎士になるための専門の学校もあるらしいぞ。知ってたか?」
「うん、まぁ…。ところで兄さん。本当に兄さんがこの子の面倒を見るつもり?」
「ああ。親父にあんなこと言われて引き下がれるもんか。そうだろう?」
「そうだけど…」


ふと、辺りを見回すと家の入り口にシェリアがいた。
私が手招くとシェリアはこちらへとやってくる。


「シェリア!具合はもういいのか?」
「あ、うん…大丈夫。ところで、アストン様の用事は終わったのね。この子の事、何かお話した?」
「あぁ。俺が面倒を見ることにした」
「えええええっ!?」
「いきなり大声出すなって。また具合悪くなるぞ」
「出させたのはそっちでしょ……。面倒見るってどういうことなの?」
「だから、こいつの身元がわかるまで俺が責任を持つって事さ」
「い、一生わからなかったら?」
「…その時は、一生責任持つ!」


アスベルのとんでもない発言にみんな驚愕する。
一生って…それって、結婚…ってこと?え、結婚なの?結婚するの?アスベル!?


「一生って…。そんなのだめっ!だめったらだめっ!絶対絶対だめっ!」
「とにかく!もう決めたんだ!俺はこいつの面倒を見る!」
「シェリア…こうなったら兄さんは絶対考えを変えないよ」
「しんっ…じられない…」


泣きそうになったシェリアの頭を少女が撫でる。
なんか逆効果な気がするな…。


「お前、俺たちと一緒にいろよ。心配するなって。きっとなんとかしてやるから」
「うんわかった」
「よし!そうと決まったらまずは名前を決めなくちゃな。…そうだな、う〜ん。…タイガーフェスティバル!」



再び、アスベルのとんでもない発言に空気が凍る。
とらの…まつり?い、意味わかんない…


「馬鹿ぁ!なんで女の子にそんな変な名前つけるの!しんっじられない!」
「兄さんのセンスって一体…」
「あはは…」
「そういうお前たちには何かいい考えがあるのか?」
「そんな…急に言われても…」


なにか言い名前はないか…私は少女を見ると、彼女は花壇を見つめていた。
あ、と私は彼女と初めて会ったときのことを思い出した。

「花好きだよね。あの子」
「うーん、じゃあ花から取るのはどうかな。最初に会ったのも花畑だし」
「シェリア、俺がやった花ってなんて名前だっけ?」
「え?クロソフィだけど…」
「クロソフィか…」


アスベルはクロソフィ、と何度も呟き顔を上げた。


「よし、決めた。こいつの名前はソフィにしよう!」
「ソフィ、か。呼びやすくていいかもね」
「ソフィ…綺麗な名前だね!いいと思う」
「よし!ソフィ、いいか?今からお前の名前はソフィだからな」


ソフィはアスベルの顔をじっと見つめる。


「ソフィ…」
「どうだ、気に入ったか?」
「わたしは…ソフィ…」


ソフィは胸に手を当てながら、何度も何度も自分の名前を復唱する。
無表情な彼女だったが、どこか嬉しそうだった。


「ソフィ、改めてよろしくな」




アスベルが手を差し出す。
それをソフィは静かに握った。






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