「名前、何かあったんですか?」

ラムダとコーネルさん、そしてエメロードさんの映像が頭の中に映し出された場所から少し歩いた所で、ヒューバートに腕を掴まれる。
私は何でもない、と言い彼の腕を振り払おうとするが、ヒューバートの力は強く簡単には振りほどけそうにない。


「本当に何でもないよ、変なヒューバート」
「こっちは真剣に聞いているんです!」

ヒューバートが声を荒げたので、先を歩いていたみんなが驚き振り返った。
それも気にせず、ヒューバートは私の腕を掴んだまま厳しい視線を私に向けてくる。


「正直に答えてください。…何があったんです」
「何もないって言ってるでしょ?そう言ってるのに、何で聞いてくるのよ!」
「先ほどの事や、ここに来るまでの間、様子のおかしかった貴女が言える台詞ではないと思いますがね」
「ヒューバート、よせ」
「兄さんや皆さんだって、おかしいとは思いませんでしたか?」
「それは、そうだけど…」
「何かあれば言ってくださいと言ったのを、もう忘れたんですか、名前」
「…いい加減にしてよ、何もないって言ってるじゃない」


…いい加減にするのは自分の方なのは、十分承知だ。
だけど、ラムダに干渉を受けていることを知られたら、リチャードを救うためにここまで来たのに、それを邪魔してしまうかもしれない。枷になってしまうかもしれない。

私の中の一番の目的は、リチャードを救うことなのだ。
彼は私にできた大切な友達の一人だから。
だから、要らぬ心配をみんなにかけてはいけない。


「名前……」
「みんな、この通り私はなんともないからさ、行こう」
「あ、あぁ…」


私は緩んだヒューバートの手から逃れると、一人で通路を進んだ。
それに続いて、みんなは私の後を着いてきた。…みんな、無言だった。










「止めたまえ、エメロード君!ラムダを廃棄処分にしてはいかん!」
「もう上層部で決定されたことです、所長」
「何故だ。せっかくここまで順調に育ててきたというのに」
「今世界中で起こっている騒動を所長も知っているはずです。ラムダの体組織を移植した生物が次々に狂暴なモンスターと化し、我々の脅威となっているのですよ。…しかもその原因はラムダ本体にあるらしい事が判明しています」


次に頭の中に現れた映像には、先ほどと同じように、コーネルさんとエメロードさん、そしてヒューマノイドの身体に入ったラムダだった。
だが先ほどの映像とは違い、ラムダは大きな入れ物に閉じ込められていた。



「どうやらラムダは自身の体組織を移植した生物を精神的支配下に置くことが可能らしい。上層部はラムダを危険と判断し、故に廃棄処分を決定したのです」
「それはそもそも君たちが嫌がるラムダを無理やり実験対象にしたからだろう!ラムダの気持ちを無視し、理不尽な扱いをすれば、怒るのも当然だ!」
「…とにかく、ラムダが存在する限り、潜在的脅威は消えません」


エメロードさんは装置に入ったラムダを睨みつけるように見ると、続けた。


「上層部はラムダを廃棄しないかぎり、納得しないでしょう」
「こんなやり方は認められん!エメロード君、私は君を告発するぞ!」
「それどころではないと思います。上層部からはあなたを拘禁しろという命令も出ていますから。あなたは上層部の指示にそむき、独断専行でラムダの育成を進めていました。…あなたはラムダを新たな星の核に育てようとしていたのですね」
「それは…!」
「…所長、やはりあなたは危険な思考の持ち主です。研究のために世界を滅ぼしかねない。ラムダがこの世界の星の核と取って変わるなどと…、考えるだけで恐ろしいことです」
「私がなんのためにラムダを人間として育てることにこだわったと思うのかね?…私は!」


その瞬間、けたたましいサイレンの音が室内に響き渡った。同時に扉が開き、数人の男達が部屋の中に入り込んできた。

逃げて!

私の中のラムダが叫ぶ。


だがあっという間にコーネルさんは男達に拘束されて扉の向こうに連れ去られてしまった。



ガンガンガンという硬いものを叩く音がした。扉から目を離すと、ラムダがコーネルさんの連れ去られたほうを見ながら、必死に両拳を装置に叩きつけていた。
そこから感じられる感情は、焦り、悲しみ、絶望。コーネルさんの姿が見えなくなってしまった頃には、装置を叩くことを止めて、じっと下を見ていた。


「人間のふりをさせるなど。…所長はどうかしています。ラムダはあくまで実験の対象。目を向けるのは、その性質だけでいいのに」


お前もそう思うわよね、ラムダ


そう問いかけられた問いに、ラムダは応えない。ただただエメロードが怖いという感情だけが、私の胸とあそこにいるラムダに伝わってきたのだ。
それと同時に、装置の中の空気が変わる。重いものが、心の中に流れ込んでくるような、そんな気がした。

驚いてエメロードさんを見ると、彼女は薄く笑いながら「おやすみ」と呟く。


頭の中が真っ白になっていく。その中で見えたのは、救いを求めるように伸ばされたラムダの小さな手。





ラムダは、何もしていなかったのだ。



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