王都からラントへ向かう途中、私はあることを思い出し足を止め、その場にしゃがみ込んだ。
先を歩いていたシェリアが驚いて駆け寄ってくるが、それどころではない。
「ちょっと、名前!どうしたの?」
「いや…えと、あの…」
両手で自分の顔を隠し、皆に顔が見えないようにする。
他のみんなも心配して駆け寄ってきた。な、なんかごめん…!
でも理由を聞かれてもいえるはずがない…。
「(リチャードとキスしちゃったなんて…!)」
なんで今頃思い出しちゃうんだろう、私。
大分気持ちが落ち着いたからかな…?それはいいことなんだけど…いや、でも今はめちゃくちゃ心乱れちゃってるよ!
「大丈夫か、名前?具合でも悪いのか…?」
「だ、大丈夫!早く行こうよ!」
顔を隠したまま立ち上がり、私はみんなを置いて走る。
だが、顔を隠していたせいで足元を見ておらず、小石に躓きこけた。
「いでっ!」
「名前、ホント大丈夫?何か悪いものでも食べた?」
「た、食べてないよ…」
「名前、血が出てる」
「大変、足を出して?」
「え、平気だよ」
「平気じゃないわよ、化膿したらどうするの!」
腰に手を当てて怒るシェリアに、私はしぶしぶ右足を出す。
その足の傷口に触れないようにシェリアは手を近づけ、治療を始めた。
「本当にどうしたの、名前。顔も真っ赤だし…落ち着きがないわよ?」
「うっ…それは…」
「何かあったのか?…玉座の間で、リチャードに何かされたのか?」
「な、何で知ってるの?アスベル!」
「は?い、いや…だってお前たち喧嘩したんだろう?さっき言ってたじゃないか」
きょとんとした表情でアスベルは不思議そうに言う。そ、そうだよね!知ってるわけないよね!キ、キキキキスしたなんてこと!
ふう、と溜息を吐くとシェリアがにやにや笑っていた。何故。
「名前、ただ喧嘩しただけじゃ…なさそうね?」
「は、はぁ!?シェリア、何言ってるの?」
「ただ喧嘩しただけじゃない?普通の喧嘩じゃなかったってことか?」
「普通の喧嘩じゃないって、どういうこと?」
「喧嘩しただけではなく、他にも何かあった…ということだろうな」
「ちょ、マリクさん!ソフィに何教えてるんですか!」
私が叫ぶと、シェリアのにやにやはさらにひどくなった。
「やっぱりそうなんじゃない!何かあったのね?」
「ち、違う!リチャードとは何にもしてないよ!」
「してない?」
「あーっ!違うよ、ソフィ!違うから!(なんで変なトコ突っ込むのよ)」
「名前〜、認めちゃいなって!」
「何をよ!ああぁーっ!もう、みんな知らない!」
私は今度こそ躓かないように走る。後ろで笑い声がしたけど無視して走った。
「名前、元気そうでよかった」
「ホント、あんなに暗い顔してたからねぇ〜」
「ふふふっ、でも本当に何があったのかしら。名前のあの焦り様…きっとすごいことがあったのよ。今度ゆっくり話を聞かなくっちゃね!」
「…何の話だったんだ?」
「……アスベル、お前は…」
「なんです?教官」
「いや…なんでもない」
私は皆から大分離れた所で立ち止まった。あぁ、もう。みんな変なことばっかり聞いて!
でも…本当に、なんでリチャードは私にキスしたんだろう。
傍にいてほしい、と言われた。…でもあれは友達として、の意味だろう。
そこから先は、彼の押さえ込む力が強すぎ、苦しくてリチャードの言葉を聞く余裕がなかった。
そもそもあのときはパニックで、殆ど会話ができていなかったようにも思える。
「じゃあ、あのキスはなに…?」
唇に手を当てて考える。
本当に何なのだろうか…?…一つ考えれるとしたら。
「気まぐれ?」
そうか、気まぐれか。そうだよね、そうだよ。気まぐれだ。
だって私とリチャードは友達なのだから。
向こうにはそういう感情なんて絶対にないだろうし(だってリチャードはかっこよくて、私なんかつりあわない。それに王様、だし)
あれ。そういえば、キスされる前に「うるさい黙れ」って言われた気がする…。
あ、そっか。
私うるさかったから黙らされたんだ。あぁ、そっかそっか。
そう考えると、身体のほてりが冷めた気がした。
なんか深く考えすぎて私、馬鹿みたいじゃないか。
「よし!」
私は頬を2回パチンパチンと叩く。うっし。
これでリチャードにまた会った時に冷静でいられる。オッケー。
とりあえず今は自分がやらなきゃいけないことをするまでだ。
私は後ろを振り返り、手を大きく振って仲間たちに声をかける。
「みんなー!置いていくよー!」
そう、だって私と彼は「友達」なんだから。