街の中の一番大きな豪邸、そこがアスベルとヒューバートのお家だった。
わたしたちは花に水やりをしているおじいさんに近づく。


「お帰りなさいませ、アスベル様、ヒューバート様。それに名前様もご一緒で」
「ただいま、フレデリック」
「こんにちは!」


ラント家の執事のフレデリックさん。
シェリアのお爺さんでもあるフレデリックさんは、私たちの中にシェリアの姿を見つけると、駆け寄ってきた。


「シェリア、姿が見えないと思ったら」
「ごめんなさい、おじいちゃん」
「申し訳ございません、アスベル様。…アスベル様にご迷惑をかけてはならんとあれ程…」
「迷惑なんかじゃないよ。俺は大丈夫だって。ところで、この子に見覚えないか?」


アスベルの言葉に、フレデリックさんは少女を見る。
ううむ、としばらく唸っていたが首を横に振った。


「…ふむ、残念ながら存じ上げませんが…」
「おじいちゃん。この子、記憶喪失なんですって」
「記憶喪失…?それは、困りましたな。私どもの方で街の者に聞いてみましょうか?」
「いや、俺たちが行くよ。みんな、街へ行ってみようぜ」
「じゃあ、私のお父さんのところへ行ってみようよ。船で旅をしてるから顔も広いし、何か知ってるかも」
「そうだな、名前のおじさんは船乗りさんだもんな!じゃあ行ってみようぜ!」
「日が暮れる頃にはお戻りになって下さいませ」
「うん、わかった」


フレデリックさんに手を振ると、笑顔で手を振りかえされた。





船に着くと、私はみんなを甲板に案内した。
お父さんは航海図を見て、何やら考え事をしているみたいだった。


「お父さん」
「おお、名前か。…それにアスベル様、ヒューバート様、シェリアさんじゃないか。名前がお世話になっています」
「こんにちは、おじさん」
「それで、こちらのお嬢さんは?」
「あ、そのことで話があってきたんだ。…この子、記憶喪失なんだって。どこかで見た覚え、ないかな?」
「記憶喪失…」


お父さんは少女を見つめると、首を振った。


「いいや、見た事がないな。…それにしても君は随分珍しい服装をしているんだね」
「珍しい…」
「そういえばそうね…」

戦闘服のような、普通の人が着ないような、そんな少女の服装。
紫色の長い髪をツインテールで結んだ少女。…確かに珍しい。


「役に立てなくてすまないな」
「ううん、いいの。それより、仕事の邪魔しちゃってごめんなさい」
「いや、いいさ。名前、夕食までには帰って来るんだぞ」
「うん!わかった」
「よろしい」


お父さんは私の頭を撫でると、航海図を持って自室へと帰っていった。


「優しくてかっこよくて素敵よね!名前のお父さん」
「うん、かっこいいよね」
「えへへ、私の自慢のお父さんなんだ」

小さい頃からいつも一緒。
お母さんを早くに亡くしてから、男手一つで私を育ててくれたお父さん。

これからも、ずっと一緒に旅をしようね。






手がかりなしで、仕方なく2人の家に戻ると、庭にはフレデリックさんとアスベルたちのお母さんのケリー様がいた。


「あ、母さん」
「…ただいま」
「アスベルにヒューバート。お父様があなたたちにお話したい事があるそうです」
「どうせまたお小言じゃないか。ほんと、うるさいよなぁ」
「アスベル、お父様のことをそんな風に言ってはいけません。お父様は常にあなたたちの事を考えていらっしゃるのですよ」


すると、アスベルはうんざりしながら下を向いた。
その姿を見て、ケリー様は悲しそうに顔を歪める。


「…お父様は執務室です。ふたりとも早く行きなさい」
「わかったよ。じゃあその間この子を見ててくれないか、シェリア、名前」
「え?あ、うん…」
「わかった」


ケリー様は私とシェリアを見て申し訳なさそうに礼をする。


「いつもアスベルが迷惑をかけて本当にごめんなさいね」
「迷惑だなんて、そんな…」
「シェリアはもう休んでいなさい。アスベルに無理に連れ出されて体も辛いでしょう」
「そんな事してないって!」
「貴方はラント家の跡取りです。もう少し周りの者に対して思いやりを持ちなさい。今後シェリアを遊びに連れ出してはいけません。わかりましたね」
「ケリー様、私は平気です…、だから…」
「なんだよもう!母さんまで!誰と遊ぶかは俺が決める。口出ししないでくれよな!」
「アスベル!」


ケリー様がアスベルを制すと、シェリアが再び咳き込みだした。
私は急いでシェリアの背を摩る。


「ごほっ…げほっ…ごほっ、はぁ…はぁ」
「大丈夫?シェリア」
「大変!シェリアを早くお部屋へ」
「さぁ、シェリア」
「ごほっ…ごめ…んなさい…」


フレデリックさんが私に代わってシェリアの背中を摩りながら、屋敷の外へと姿を消した。
私たちはその背中をただ見ていることしか出来なかった。





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