ラントの街はとてものどかで、空気も澄んでいて、優しい人たちばかりだ。この町の住人ではない私にもとても良くしてくれる。
シェリアの家の隣に住むお兄さんは、私にリンゴをくれたりした。それは甘くてとっても美味しかったんだよ。道具屋のおばさんは、美味しいジュースをくれたりした。

「兄さん、これからどうするの?」

ヒューバートが少女の方をチラリと見て、アスベルに言う。ラントへ女の子を連れ帰ってきた私たちは、どうしようかと悩んでいた。

「そうだなぁ…」
「あ、アスベル!」

聞き覚えのある高い声が聞こえた。街の奥に目を向けると、ピンク色の髪を三つ編みで結った女の子が肩を揺らして立っていた。

「げっ、シェリアだ!」
「アスベル、なんで私の事置いてっちゃうのよ!」
「兄さんどうしよう、シェリア怒ってるよ…」
「逃げよう」
「こら、逃げるな!今行くからそこにいて!動いちゃだめよ!」

女の子の名前はシェリア。アスベルとヒューバートに紹介してもらって、仲良くなった。…それに、初めての女の子の友だち。だからシェリアは私にとって、とても特別な存在だ。
彼女はこちらへ走って向かってきたが、その足はだんだんと遅くなっていき、ついには立ち止まる。病気で身体がよくないと聞いていたので、急いで駆け寄った。

「シェリア!」
「おい、大丈夫か?」
「はぁ、はぁ…」
「急に走ったりするからだよ」
「……あなたたち、あそこへ行ったんでしょう」

シェリアが息を切らしながらも、私たち3人を睨みつける。その目がちょっとだけ怖くて、私は目を背けた。

「あ、あそこって?」
「とぼけないで!裏山にある一年中花の咲いている場所よ!行く時は私も一緒にってあれほど約束したのに…」
「だってお前を連れて行ったら絶対疲れて歩けなくなるだろ。そうなったらどうせ俺がおんぶする事になるんだ」
「それで怒るんだよね。おんぶされるなんて嫌!って」
「そ、それは…アスベルのおんぶがヘタだから…げほげほっ!」
「シェリア!あんまり大きな声出しちゃダメだよ」

私はシェリアの背に回りこむと、背中を摩ってあげる。するとだんだん落ち着いてきたようだ。よかった…。

「言わんこっちゃない。ほら、おぶってやるから。ヘタかも知れないけど、我慢しろよな」
「ひ、ひとりで歩けるってば!」

顔を真っ赤にして言うシェリア。照れてるんだ、可愛いなぁ。

「あれ?そういえばあの子は?」
「あの子?」
「あっ!まだあんなところに…」

後ろを振り向くと、紫色の髪の女の子はずっと向こうの方でこちらを見つめていた。

「ヒューバート、連れてきてくれ」
「う、うん」

ヒューバートが駆け寄り、少女の手を掴みこちらへと連れてくる。

「お前、なんでこっちに来ないんだ?」
「動くなって聞こえた」
「ねぇ、この子…誰?」
「花の咲いている場所にいたんで、連れて来たのさ」
「何よそれ…」

シェリアは不機嫌そうに呟くと、少女を上から下までじろりと見た。

「シェリア、そんなににらむなよ。女同士仲良くしてやってくれ」
「むぅ…。ところでアスベル。さっきから手に持ってるのは何?」
「え?」

アスベルの手元には、先ほど摘んだクロソフィの花。

「わぁ、きれいなお花!もしかしてこれ、私にくれるつもりで採ってきた…とか?」
「いや、それは…」
「そういうことにしておこうよ。シェリアの機嫌も直るし」

ヒューバートが耳元で呟くと、アスベルはシェリアに花を差し出した。その瞬間、シェリアの顔は赤く染まる。

「まぁ、そんなところかな」
「アスベルったら…。いいわ、この花に免じて今回のことは特別に許してあげる」

シェリアは上機嫌にクロソフィの花を受け取り、両手で持った。

「これ、クロソフィの花ね。こんな季節に咲いているなんて、やっぱりあの話は本当だったのね」
「あぁ。いろんな花がどっさり咲いてたぞ」
「へぇ…」

うっとりとその花を眺めるシェリア。どうやら機嫌は直ったようだ。

「シェリアってば、兄さんに花をもらってよほど嬉しいんだね」
「嬉しい…?」

少女が自分の手にしていたクロソフィを見つめた後、それをシェリアに差し出した。シェリアは少し驚きつつもそれを受け取り、少女を見つめる。

「え?あなたもくれるの?あ、ありがとう。あなた、いい人なのね」
「嬉しい…」
「ねぇ、あなたの名前は?どこから来たの?」
「それ、俺たちもさっき聞いたんだけど…」
「この子、記憶喪失みたいなんだ」
「えぇっ?何よそれ、大変じゃない!」
「街へ連れてくれば何かわかるかもって思ったんだ」
「ねぇ、きみ。街の様子を見て何か思い出すことはある?」

ヒューバートが聞くと、少女は辺りを見回す。そして首をかしげた。

「だめか、色々な人に話を聞いたほうがいいかな」
「私のおじいちゃんに聞くのが一番いいと思うわ。街の人のことだったらたいてい知ってるはずだから」
「うん、そうだな。フレデリックに聞いてみよう。よし、じゃあ俺の家に行こう」

シェリアの提案にアスベルが頷き、私たちはアスベルたちの家に向かうことになった。

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