裏山の少し開けたところに、その花畑があった。
辺り一面、花、花…花だらけ。こんな綺麗なところがあるなんて…!
「ひゃあ!」
うっとりと花を眺めていると、ヒューバートが悲鳴をあげた。
「どうしたの?」
「ひ、人が…」
ヒューバートの指差す方をみると。女の子が寝転がっていた。風が彼女の紫色の髪の毛を揺らす…その姿がとても美しかった。
「女の子…?」
「お、おい!どうしてこんなところに寝てんだよ!」
すると、アスベルの声に反応して、女の子がむくりと起き上がった。突然だったので、私たちは悲鳴をあげる。
「…声がした」
「声?」
「わたし、この場所とひとつになって眠っていた。そしたらあなたの声がして目が覚めたの」
紫色の髪の女の子は、じっとアスベルを見つめる。
女の子の言っていることがよく理解できなかった。…要するにずっとここで寝てたってこと?
「なぜあなたは私を起こしたの」
抑揚の無い声で、淡々と話す少女。不思議な雰囲気だな、と私は思う。女の子は、私たちよりも少し年上に見えたので、これが年上の人の雰囲気なのか、なんて自己解決したり。
そんな女の子に、アスベルは少しだけ顔を赤くしてそっぽ向く。
「こ、こんなところで寝てたら、危ないと思って…」
「……」
「とにかく、寝るなら家に帰ってからの方が…」
少女はアスベルから目を離し、飛んできた黄色の蝶々を追いかけていった。
「兄さん、あの先は崖だよ!」
「!」
「追いかけなきゃ!」
ヒューバートと私の声に反応して、アスベルは少女を追いかけて腕を掴む。…間一髪だった。もう一歩進んでいたら、彼女は崖の下へ真っ逆さまだったかもしれない。
「危ない!何やってるんだよ!」
「危ない?」
「そうだよ。崖から落ちたらどうなると思ってるんだ」
「どうなるの」
「どうって…えーと…」
私とヒューバートは、崖の近くまで近寄り、そっと下を見てみる。
近くにあった石を下に投げてみると、かなり時間が空いてそれが海に落ちる音が聞こえた。
深い。
「うわぁ…下まで結構あるよ。落ちたらけがじゃすまないかも」
「ほら!わかっただろ?もし落ちたら…」
すると、ずっと手を握っていたことに今更気づいたのか、アスベルはバッと少女の手を離した。
「と、とにかく崖には近づいちゃだめなんだ。わかったか?」
「この子、どこの子かな。見たことない子だよね」
「ほんとだな、名前。お前の船の乗組員か?」
「ううん、違うよ。私以外に子供はいないし…」
首を横に振るとアスベルはそうか、と呟き再び少女を見る。
「お前、名前は?」
「……」
「そうか。こういう時は自分から名乗るんだっけ」
「俺はアスベル・ラント。こっちは弟のヒューバート。んで、こっちが…」
「名前だよ、よろしくね」
「よ、よろしく」
私の後に続いてヒューバートがぺこりと頭をさげる。
「で、お前の名前は?」
「名前…?わたしの…名前…」
「おいまさか忘れたって言うのか?」
「じゃ、じゃあ、えっと…。君はどこから来たの?」
「どこから…?」
少女はくるりと辺りを見回す。すると、ある一点で視線を止める。綺麗な蝶がひらひらと舞っていた。
…ちょうちょ、好きなのかな?
「まさか…それも覚えてないって言うのか?」
「兄さん、この子もしかして記憶喪失なんじゃないかな?そういう人って何も思い出せなくなるらしいよ」
「記憶喪失…?そんなことって…」
「なぁ、お前本当に何もわからないのか?」
少女は何も答えない。
「ヒューバートの言う通り…かもしれないな」
「ど、どうしよう。兄さん」
「街へ連れて帰ろう」
「ええっ?そんなことしちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないかもだけど、このまま放っておけるもんか。それに、街に連れて行けば何か分かるかもしれないし」
「あ、そうか、それもそうだね」
「なぁ、お前。俺たちと一緒に来いよ。ひとりでここにいても仕方ないだろ」
少女がこくりと頷くと、アスベルはニコリと笑って頷いた。
「それじゃあ街へ戻るとするか」
「そうだね…、あれ?」
少女の方を向くと、足元に咲いていた花を見つめていた。私は少女に駆け寄って、笑いながら話しかけた。
「花、好きなの?」
少女はこくりと頷いた。すると、アスベルが近くにあったクロソフィの花を抜く。
「なら一本持って帰ればいいさ」
少女もアスベルに倣って花を一輪抜いた。
「花がそんなに珍しいのか?お前、変わってるな…さ、行くぞ」
アスベルとヒューバートが去っていく。私は少女の手を取り、再び話しかける。
彼女の大きな紫色の瞳が私を映した。
「私も、花好きなんだ」
「…」
「綺麗だよね、いい香りもするし」
「香り…」
「くんくん、匂ってみて?お日様の匂いやお空の匂いがするんだよ」
「くんくん…。いい匂い。…これが、お日様の匂い?」
「うん。いい香りだよね!」
少女はコクリと頷いた。