レグヌム峠を抜け、ナーオス近郊に到着したまでは良かった。鬱蒼と生い茂る木々。恐ろしい魔物の鳴き声が聞こえる…。
ここは、憂いの森という場所だ。そこへ単身突入したのは良いが…それは失敗だったかもしれない。

憂いの森は、行方不明者が続出する事で有名な場所だった。
現に今…名前は迷っていた。右へ行っても左へ行っても先ほど通った道にそっくりな景色が続いていて、方向感覚を失ってしまった。
元来た道を戻ることさえも出来なくなってしまったため、進む他なかった。

残念ながら魔物と戦う力を持っていない名前は、魔物に遭遇したら逃げるを繰り返していた。
そこで、自分の足が速くなっていることに気づいた。…まあ、これだけ逃げていたら速くもなるか。

そう思い、半ば獣道のような通路を曲がった時だった。
巨大な蜘蛛の魔物、アレニェが3体…名前に向かって迫ってきた。


「っ!」


一気に3体も…!急いで手に持った短剣を構えようとしたが、焦りすぎていたのか地面に落としてしまった。
しまった、と思った時にはもう遅かった。3体同時に名前に向かって突進してくる。ぎゅっと目を瞑り、身体を強張らせたその時だった。


「切り裂け刃よ、ダンシングエッジ!」


男の声が響いた後に、何かが空を斬る音がした。それから、ドサリと重い物が地面に落ちる音。そして、誰かがこちらへやってくる足音がした。
名前が恐る恐る目を開けると、不思議な装飾が施された服を着た黒髪の…女性?…男性…?中性的な容姿の人が見下ろしていた。



「ケガはないかい?」
「え、あ…はい」
「…万が一ということもあるかもしれないから…これを」
「あ、ありがとうございます」

アップルグミを受け取った名前は、それを口に入れた。
それからこちらへやってきた人を見る。


「あの、あなたは…」
「ボクはコンウェイ・タウ」
「(ボク…男の人か)あ、コンウェイさん…助けていただいてありがとうございました。私は名前・苗字です」
「君が、名前…」
「え?何か仰いましたか?」
「いいや、何でもないよ。それより、武器はこれだけかい?」
「あ、はい…」


コンウェイは名前の落とした短剣を拾った。…そこで名前は思い出した。
アレニェから助けてくれたのはコンウェイだということを。急いで感謝の言葉を口にすると、気にしないで、と流された。


「使い込まれていないようだけど」
「今日初めて触りましたから」
「…今日初めて…、ということは戦闘慣れしていないということかい?」
「ええ、というより戦闘なんてした事がないですけど」
「……戦闘をしたことがない?じゃあ君はどうやって此処まで…」
「魔物と遭遇したら逃げていました」
「…何故力のない君が、こんな危険な場所にいるんだい?」


コンウェイに指摘されて気づく。自分はこんな場所で油を売っている場合ではない。
スパーダを救いに行かなくては…!


「っ、あ、あの…!ナーオス基地ってどの方向にあるか、分かりますか?」
「え?」
「私…スパ、…友人を助けに行かないといけないんです…!彼は、その…色々あってナーオス基地にいるんですけど、早く行かないとまずくて…」
「戦闘能力のない、君が…救いに行くのかい?…どうやって?」
「…う、と、とにかく私以外行く人がいなくて、それで…!」


すると、大きな叫び声が辺りに響き渡る。
不思議に思い、きょろきょろしている名前の腕をコンウェイが引き、そして草むらに連れて行かれる。


「コンウェイさん?」
「静かに」


名前の口に手を当てるコンウェイ。初対面の異性に触れられて、少しだけドキドキする胸をおさえようとしていた名前だったが、巨大な地響きに慌てて視線を上げる。


「っ…!」
「これは…」


コンウェイが驚いた様子で言葉を洩らす。名前も酷く驚いていた。先ほどコンウェイが倒したアレニェの数倍…いや、比べることが出来ないくらいの大きな魔物が姿を現したからだ。
何より名前は驚いた。…こんな魔物、知らない。
名前はワールドマップ内の魔物の名前、生息地、弱点など全てを読んで知っている。勿論、魔物の姿も図鑑に載っていた。…全部覚えているはずだ。覚えているはずなのに、この魔物は見たことがなかった。


「こんな魔物、知らない…」
「…知らなくて当然だよ」
「え…?」
「……少し、様子を見よう」


幸い、魔物はこちらに気づいていない。
コンウェイと名前が息を潜めて魔物を見張っていた時だった。名前がよく知る声が聞こえてきた。


「おいおい、おいおい…ジョーダンじゃねーぞ、なんだありゃ…」
「…!?」

魔物の前方にいるのは、間違いない。…探していた筈のスパーダだった。それに、赤髪の少女と銀髪の少年、それに…確かあれはミュース族?
そんな彼らの前にいるのは、あの魔物。見るからに危険だ。名前が咄嗟に飛び出そうとした時だった。コンウェイに腕を引かれて先ほどの体勢に逆戻りした。


「な、コンウェイさん…!?」
「少し待とう」
「な、何言って…!」
「いいから」


名前の腕を掴んだまま、コンウェイはギラリと目を光らせる。
彼の視線を追い、再びスパーダたちのほうを見ると、少年少女たちは各々の武器を取り出していた。




20120228



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