努力しなければ。


少女は、勉学に励んでいた。いくら自分が王族に限りなく近い貴族であろうとも、いくら自分が他よりも秀でた美貌の持ち主であろうとも、毎日毎日頭がおかしくなるくらい、父親の書斎に閉じこもって勉学に励んだ。宗教学や一般知識、生活をしていく上で必要ではない知識全てを学び、そして記憶する。
努力しなければ、役に立たない。安全なレールを敷かないと…、どこかで失敗してしまったら、役立たずの、脇役になってしまう。少女は自分に言い聞かせる。自分という存在を、少しでも価値のあるものにするために、知識を詰め込む。恐ろしい事態を招かぬよう、毎日、毎日勉学に励んだ。

少女は不思議なことに、一週間寝なくても平気な体質の持ち主であった。いや、眠気を感じない…と言ったほうが正しい。
勿論寝ることは出来る。だが、少女は身体の限界がくるまで、寝ずに作業をすることができた。
それから、彼女は多少のケガは物ともしなかった。本で指を切った時も、幼い頃庭に植えられた木から落ちた時も、痛みを感じたことは一度もなかった。不思議なのは、木から転落した時に腕の骨を折っていたらしいのだが、それでも痛みを感じることは無かったらしい。少女はそれらを不思議とは思ったが奇妙だとは思わなかった。むしろ、勉学に励む上で都合の良いものと捉えた。



少女は毎日勉強し、やがて成人女性となった。そんな彼女に舞い込んできたのが、同じ貴族であるベルフォルマ家とのお見合い話だ。
名門貴族、王都の警備を司るベルフォルマ家の長男…サングェ・ベルフォルマ。彼女より4つ年上の男。レグヌムの次期騎士団長である彼との結婚が決まったのは、実は彼女が生まれてすぐの事だったらしい。

初めての顔合わせ。…サングェ・ベルフォルマの人間性は最悪だった。
傲慢な物言い、そして実の兄弟を殺そうとした、などという自慢になっていない自慢話。挙句の果てには、彼女を無理矢理部屋に連れ込み、身体を求める始末。


それから、数年間ベルフォルマ家と自宅を行き来する毎日が続く。…彼女は苦しくて仕方なかった。
…そんな彼女を救ってくれたのが、ベルフォルマ家の末っ子…スパーダ・ベルフォルマだった。


スパーダと彼女の出会いは偶然だった。サングェの部屋から帰る時…気分でいつもと違う通路を通っていた時のことだった。庭のほうから空気を斬る音が聞こえてきた。
彼女は気になって窓から庭を覗いてみた。すると、そこにいたのはサングェとそっくりな少年だった。きっと、彼はサングェの弟だろう。…だが、食事の席では一度も会ったことがない。…一瞬で分かった。彼がサングェが度々口にする、気に入らない弟だと。

…いや、そんなことより。
彼女は少年をしげしげと見つめる。あんなに美しい剣さばき…見たことがない。彼のように強く煌めく瞳は、見たことがない。
気がつくと、彼女は少年のいる庭へやってきていた。彼女は少年に稽古を見ても良いかと頼み、少年がそれを受け入れた。そこから、少年…スパーダと彼女は意気投合し、そして仲を深めていった。

彼の隠れ家で談笑したり、稽古を見学したり、サングェの愚痴を言い合ったり。
彼女にとってスパーダは数少ない友人の一人であり、何でも言える…弟のような存在になった。




そんなスパーダが、行方不明になったのは数日前の話である。




スパーダが心配で堪らなくなった女性…名前は、ベルフォルマ家のサングェのもとへ向かっていた。
スパーダと自分の関係は、自分の立場とスパーダの本家での境遇から公に出来るものではなかったため、婚約者のサングェにも教えていなかった。だけど、今はそのようなことを言っている場合ではない。

元々スパーダは不良だったため、家出することは多々あった。だから、最初は名前も彼がいないことを気にしていなかった。だけど、今回はワケが違うことが分かったのだ。スパーダは、異能者だったのだ。


異能者とは、ここ最近世間を騒がせている存在。何でも人間ではありえない身体能力を持ち、奇妙な力を使える人間たちのことらしい。
そこで問題となるのが「異能者捕縛適応法」だった。これは、レグヌムでここ最近に施行された法律だ。文字通り、異能者を捕縛するために定められた決まり。脅威の力を持つ異能者による犯罪も増えているため、住民たちには好評だ。…だけど、これまで普通に暮らしていた住民をも隔離のため施設に入れると聞いた。…これが本当に正しいことなのか、疑問に思っていた。だから、名前は調べた。異能者たちが捕まえられた後、どういう扱いを受けるのか、を。


名前の家はレグヌム王家の親族だ。…ベルフォルマ家以上の貴族、レグヌム王家の血を受け継いでいた。そんな名前には、一般市民には知られていない異能者捕縛適応法の資料を見ることは、容易いことだった。
家の名前を使うのは名前にとっては少し気に入らないことであったが、こうしなければ知ることは出来ない。父に頭を下げ、名前は王室の資料室に入った。

軍部の機密資料。目を通すと、信じられないことが記されてあった。
異能者、またの名を転生者(ここでは、何故転生者と呼ばれるかは記されていなかった)適応法で集めた転生者は、人体実験・新兵器の開発・解剖・戦場への実戦投入…などという、人権を無視した扱いを受ける、ということが書いてあった。

…信じられなかった。異能者捕縛適応法、聞こえだけは良いが…これは異能の力に目をつけた、軍部による戦力強化の人狩りだ。


それを知っていたからこそ、名前は焦った。スパーダがいなくなったのは、軍部に捕らえられたからではないのだろうか、と。
だとしたら、救い出さなければならない。…でも、何処にいるかわからない。…だから、私は軍を直接操ることの出来るサングェに何か知らないか聞こうと、ベルフォルマ家に向かっていた。


スパーダはベルフォルマ家の人間だが、扱いは悪い。貴族の家では仕方のないことだ。…それに、スパーダは剣の才能があったため、サングェや他の兄たちからの扱いも悪かった。だから、きっと息子が、弟が軍に捕らえられても気にしないのではないのだろうか。それどころか、厄介払いが出来たと喜んでいるかもしれない。
だとしたら自分しかスパーダを救える人間はいない。と名前は考えた。サングェから、異能者が連行される施設の名前だけでも聞き出せたら…。そう思い、ベルフォルマ家のサングェの書斎に着いた時だった。…中から、サングェの一つ下の弟の声と、サングェの声が聞こえた。



「そういえば、アイツはどうなったんだ?」
「研究か、実戦投入されると聞きましたよ」
「ハッ、研究を受け脳を改造されたら良いなァ。一生俺たちに楯突かないように、猿並の知識にしてやれば良いんだよ。…ああ、もうスパーダは猿並だったな。じゃあ次はみじんこ並かァ?」


それ以上聞いていたらサングェをボコボコにしそうだったので、名前は駆け出した。
研究、実戦投入…。軍事基地。最寄の軍事基地。…ナーオス基地だ。

貴族街にある自宅へ急いで駆け込み、纏っていた煌びやかなドレスを脱ぎ捨てる。そして取り出したのは、去年のオタオタ狩りのときに着た動きやすさ重視の服。
それに着替え、手持ちの1万ガルドと護身用の短剣を持ち、すぐに家を飛び出した。


待ってて、スパーダ。
今、恩を返したい。彼がいなければ、自分はベルフォルマ家でやっていけなかった。ストレスが溜まって、どうにかなっていたかもしれない。
スパーダ、君が助けてくれたように、今度は自分が君を助けるよ。

名前は、レグヌムの街を飛び出した。




20120228



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -