「それで、名前さんはこれからどうするんですか?」


峠を抜けた後キャンプでの休憩を挟み、夕方近くになった頃レグヌムに着いた。
それから一同は、イリアの提案でレグヌムに潜んでいる転生者を探しに行くことになり、ルカが名前を振り返り、そう聞いた。

確かに、名前は転生者でも無ければコンウェイのように特別な術が使えるわけでもない。それにスパーダを助けに行くという目的は、(あまり意味のないものだったが)果たされた。そしてここはレグヌムだ。自分の家だってあるし、魔物が襲ってくるわけでもない。…普通ならば、ここで彼らとはさようならだ。


「(……でも)」

戻りたくない。
名前はグッと唇を噛み締めた。

人形のような生活に、戻りたくない。現実を受け入れたくない。
ルカたちと旅した日々は、温室育ちの名前には大変大きな刺激だった。もっと、いろんなことを感じてみたい、知りたい。…逃げたい。


少しでも、逃げることが出来たら…。



「…、うーん、家に戻るのも、良いけど…レグヌムまで送り届けてもらったお礼に、情報収集を手伝うよ」
「え?でも…」
「この辺りのことは、詳しいし…。レグヌム軍がウロウロしている状態で色々と聞いてまわるのは、貴方たちだけじゃ大変だと思うの」
「いいんですか…?」
「うん、勿論」
「名前さん、ありがとうございます」
「(……)」


勿論、彼らに何か御礼をしたいとは思っていた。だけど、自分はそれを口実に逃げを作っているだけだ。
ごめんね、ルカくん、イリアちゃん、みんな。貴方たちがレグヌムを去るまで、その少しの間だけで良いから…、私に逃げ場をください。



「じゃあ名前にも手伝ってもらうってコトで、とりあえず街の中に…って、あ!へ、兵士よ!」
「皆、隠れろ」

リカルドの声に、皆は住宅の奥に身を隠した。先ほどまでいた場所に、銃を持ったレグヌム兵がやってきて、辺りを確認した後、住宅区のほうへ消えていった。
異能者捕縛適応法が可決されてから、今のようにレグヌムを巡回する兵士が増えた。街としてはありがたい話だが、転生者からすると迷惑極まりない。これは、大人数で聞き込みをするのは難しいのではないのだろうか…?

「身の隠し場所を確保したほうが良い」
「人目につかず、出入りの簡単な場所なら尚更」
そんなアンジュとリカルドの言葉に、名前とスパーダは目配せをする。思い当たる場所が、一箇所ある。スパーダと一緒に、よくお屋敷を抜け出して気分転換に行ったっけ。

そんなこんなで、皆を連れて工業地帯のマンホールまでやってきた。スパーダはマンホールを開けながら、皆を振り返る。


「ここだここだ、この下。オレ、親の目から逃れるためにこっそり隠れ場所を作ってたんだ」
「ちょっとちょっと!この下ってマンホールの下?下水道じゃないの!」
「大丈夫だよ、この辺りはほとんど匂わねェからさ。たまにドブネズミが出るけどな」
「ドブネズミぃ!?ちっとも大丈夫じゃないじゃない!」
「あら、結構快適なのよ。電気も(無断だけど)ひいてるし、ソファやベッドもあるもの」
「名前も下水道の住人なの!?」
「住人ってワケじゃないけど、気分転換に良くスパーダと一緒に来てたの」
「下水道に気分転換って…、名前…あんたちょっとヘンよ」

イリアからの白い目線を名前が困ったように笑いながら受け止めていると、アンジュが口元をヒクヒクさせながら笑う。

「ま…まあこの際、贅沢は言ってられないかな」
「アンジュ、ムリしてんのモロバレだってば…」
「フン、隠れ家としては結構なもんだ。では、ここで落ち合うことにしよう。皆、定期的にここに戻って連絡を取り合うんだ」
「んじゃあ、レグヌム出身は土地勘があるから分かれるとして…あとはテキトーに決めてくれ」


というスパーダの言葉で、2・2・3に分かれることになった。
名前はアンジュ、イリア、コーダと一緒に商店街を回ることになり、工業地帯を離れた。名前の案内で商店街を回っていると、住宅区担当のルカとコンウェイが遠くを歩いていくのが見えた。
ルカはこちらに気づかず、そのまま歩いていったのだが、コンウェイだけは3人に気づいたのか、顔をこちらに向けて…


「(え…)」

コンウェイと目が合った瞬間、少しだけ笑った気がした。その瞬間、ドキリと胸が跳ねる。
そんな名前をニヤニヤ笑いながら、イリアが小突いた。

「あらぁ、あらあらぁ!」
「な、何?」
「隠さなくても良いのでございますよ?コンウェイさんと名前さんはそういう関係なのでございましょう?」
「そ、そういう関係?」
「見つめあって笑いあっちゃって!」
「あ、あれはただ単に私たちのほうを見て笑っただけじゃない」
「いや、アレはあんたを見てたわよ!」
「こぉら、イリア。名前さんが困っているでしょう?」
「あ、ありがとうアンジュさん」
「ふふっ、大丈夫ですよ。…あ、あれから体調はいかがですか?」
「ああ、もうすっかり大丈夫だよ」
「それにしてもアンタの体、ホントに丈夫よねぇ」
「うん、昔から体は丈夫なの」


名前がそう言うと、イリアが「そうだ!」と声を上げた。


「マンホールにスパーダと気分転換に行ってたって言ってたけど、ホントにアイツとは何にもないの?」
「あははっ、疑り深いなぁ…。ホントにホント。イリアちゃんが想像しているような関係じゃないよ」
「でも、本当に仲がよろしいんですね」
「スパーダとは本当に気が合うの。一緒にいて楽っていうか…」
「それなら尚更、付き合っちゃえば良いのに」
「……、ムリだよ。それに私、婚約者いるし」
「え?それって―」


イリアの声は、複数の足音で掻き消された。何事かと思い、見ると…レグヌム兵士が何人も何人も慌しく駆けていくところだった。まるで、何かを探しているかのように、きょろきょろと辺りを見渡しながら、駆けて行く。


「何かあったのかしら?」
「…まさか見つかったんじゃ…」
「聞き込みは難しそうだね…。とりあえず一旦マンホールに戻りましょうか」

名前の言葉に頷き、一同は工業地帯へ戻った。
…皆、無事だと良いけど…。



20120403



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