家のチャイムが鳴り響いた。
俺は読んでいた雑誌をそのままに、ベッドから起き上がる。それから足早に玄関へ向かい、ドアを開けた。



「えへへ、こんにちは」

サッカー部の後輩の苗字だった。
右手には大きめのスーパーのレジ袋を持っている。


「ああ、こんにちは。…どうしたんだ、突然」
「それが…、その…」
「?…もしかして、相談ごとか?」
「…まあ、そんな感じです」
「そうか。…じゃあとりあえず上がれよ、お茶くらいなら出すぞ」


俺がそう言うと、苗字はたちまち嬉しそうに顔を緩めた。…可愛いな。
とりあえず苗字を家にあげて、リビングに案内すると、苗字がいきなり頭を下げてきた。


「ど、どうしたんだ?」
「あの…、チ、チョコレートケーキ…」
「…え」


チョコレートという単語で、思い出す。…今日は、バレンタインデーだった。
残念ながら、毎年その行事には縁が無いのですっかり忘れていた。…と、いうことは…
わざわざ俺の家までやってきた苗字。持ってきたスーパーの袋…。もしかして、俺にチョコレートケーキを…?

ああ、緊張する。期待と胸の高まりで頭が大変なことになってきた。



「チ、チョコレートケーキ…が、どうしたんだ?」
「…あの、……チョコレートケーキの作り方、教えてください!」


…は?
チョコレートケーキの作り方を教えてください?…チョコレートケーキを貰ってください、じゃなくて…か?

確かに俺は、自分で言うのもなんだが、菓子作りは上手いほうだ。…もしかすると苗字は、誰か好きなやつのために俺にチョコの作り方を聞きに来たのではないのだろうか。……、はあ。期待した俺がバカだった。

とりあえず、良いぞと返事をして、俺たちはキッチンへ向かう。今なら車田の言っていた「りあじゅう爆発しろ」?の意味が少しだけ分かるかもしれない。








とりあえず俺がいつも作るように教えると、苗字は一生懸命作り始める。…カップサイズが2人分。少ない。本命と身内に…ってところだろうか。
はあ、虚しくなってくるな。俺の家で作ったチョコレートケーキが、恐らくサッカー部の誰かの手に渡るのだろう。…複雑だ。すごく複雑だ。

型に流し込み、焼きあがりを待っていると、「ただいまー」母さんが帰ってきた。
母さんはリビングにやってくると、苗字を見てニコリと微笑んだ。「名前ちゃん、バレンタイン作ってるのね!ふふっ、青春ってかんじ」頼むから俺の傷を抉らないでくれ。


そんなこんなで時は経ち、ケーキが焼きあがった。取り出してつまようじで刺してみる。…良い感じだ。
レンジから取り出して冷ます。苗字と母さんが嬉しそうに匂いを嗅いでいた。…その間に俺は粉砂糖の準備。

冷めたケーキに粉砂糖をふりかけ、苗字の持ってきたファンシーな柄の袋にていねいに入れる。真っ赤なリボンで口を閉じて…完成だ。
我ながら良い出来だ。…これが他の男の手に渡るのか…。たいへん、たいへん複雑だ。



「ありがとうございました、先輩」
「いや、これくらいどうってことない」
「…じゃあ、はいこれ」
「あ、ありがとう。………ん?」
「おばさんも、どうぞ」
「まあ、ありがとう名前ちゃん!」


苗字が俺から受け取ったはずのチョコレートをつき返してきた。…どういう事だ?しかももう一つは母さんに。…??
俺が戸惑っていると、苗字は首をかしげながら、「三国先輩にバレンタイン、ですよ?」と言った。…え?

俺が受け取らずにいると、母さんが後ろから俺の背中を叩く。


「こら太一!名前ちゃんがアンタにって!バレンタインよ!」
「え…でも、」


これ、半分以上俺が作ったと思うんだが…。そう口に出すと、苗字は笑いながら、先ほどのスーパーのレジ袋から真っ赤な何かを取り出した。
…マフラーだ。


「これもあげます」
「…え、」
「マフラー。手作りです。バレンタインのために編みました。…でも、バレンタインってチョコあげる日じゃないですか。…当日になって、やっぱりチョコも用意しようって思ったんですけど、お母さん出かけちゃってて…作り方分からなかったから、じゃあいっそ三国先輩の家で作っちゃえ!って。あはは」
「細かいことは言わないの、太一!良い思い出になったじゃない!それに手作りのマフラーまで貰えるなんて、アンタ幸せ者ね!」
「三国先輩は…迷惑でしたか…?」


少しだけ不安そうに聞く苗字に、思い切り首を横に振る。すると苗字は少しだけ顔を赤くしてにこりと笑った。



20120215



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