自分でも頑張ったほうだと思う。
部室でユニフォームに袖を通しながら、俺は今朝のことを思い出す。…ああ、駄目だ。思い出すだけで恥ずかしくなってくる。
「(苗字さんと、玄関口まで一緒に歩けた…!)」
これって、ものすごい事だと思う。
この間まで会話すらしたことが無かったのに…二人で歩けたんだ。…二人で。二人で…
「っ!!」
「キャプテン!?ど、どうしたんですか?」
「……え?」
天馬に指摘されて気づく。…どうやら俺は自分のロッカーを無意識に叩いていたようだ。
何でもないと誤魔化して、俺は部室の隅まで移動する。そこにしゃがみこみ、そしてニヤケる顔を真っ白いタオルで隠した。
ああ、駄目だ。俺は幸せ者だ。苗字さん…、苗字さん、俺、君のことが、好きなんだ。
告白して断られたが、それでも、俺は好きなんだ。しつこいかもしれないけど、でも…俺は…君と付き合いた…。…。
俺はそこで、ふと苗字さんの言葉を思い出した。
―中学の時に付き合う意味が分からない。
―付き合って何するの?放課後一緒に帰ったり朝一緒に登校したり?それが?それがどうしたっていうの?そんなの付き合ってなくてもできるじゃない。
俺は、苗字さんと付き合えたら…何がしたいのだろうか。
一緒に帰ったり、登校したり…?…今日、俺はそれが出来た。苗字さんと、短い距離だけど一緒に学校へ行くことが出来た。…当然、俺たちは付き合っていない。
俺は嬉しかった。今日、苗字さんと登校できたことが。…付き合っていなくても、嬉しいと思えた。
じゃあ…苗字さんと…キ、キスとか…、セ………っ!…お、俺は何を考えているんだ!…まあ、したくないといえば答えはノーだが。
と、とにかく…俺は苗字さんと付き合えたら、どうしたいのだろうか。
……。
俺の中では、恋人というのは一番一緒にいたいと思える存在のことだと思う。俺にとっての苗字さんがそうだ。
同じ時間を共有して、同じ事をして過ごして、楽しく喋って、何処かへ行って、幸せな時間を過ごす。…時には喧嘩もしたりして…、だけどそれすらも大切な思い出になっていくんだ。
俺は苗字さんのことをもっと知りたい。苗字さんと一緒にいたい。
今日、朝少しだけ彼女と過ごしてみて、その思いは一層強くなった。
何がしたい、ではなく、これから何をするかを探していけたら良い。そういう恋人同士に、なりたい。
「おい神童、そんな所で何してんだ?」
「あ、ああ…倉間。…な、なんでもない」
倉間に指摘されて気づく。部室の隅にタオルに顔を埋めて座っているというのは中々に奇妙だ。
俺が立ち上がると、倉間はそういえば…と言葉を繋げる。
「女子って怖いな」
「…は?…どういう意味だ?」
「いや、何でもねぇよ」
そう言って去っていった倉間。…何が、言いたかったんだ?
…その時、俺は知らなかった。俺のせいで苗字さんが傷つけられている事なんて。
20120304