「会社に行かなくちゃ、会社に行かなくちゃ…!」


朝起きてトイレに行こうと廊下を歩いていたら、向こうから俺くらいの身の丈の巨大ハニワが走ってきた。…そう、見間違え出なければ…。あの、ホームセンターとかで売ってる、あのハニワだ。しかも、その巨大ハニワはスーツを着ている。しかも先ほどから「会社に行かなくちゃ」という台詞だけをはき続けている。何故だ、何故だ何故だ。あまりにも非現実な光景に、俺は驚きその場に立ち止まってしまった。


「わたくし、こういう者です。わたくし、こういう者です」

ハニワ…、そうだ、ハニワサラリーマンは俺とその近くにいたらしいグレゴリーに「ハニワ」とだけ書かれた名刺(と呼んでいいものか)を渡すと、再び「会社に行かなくちゃ」と呟きながら去っていった。グレゴリーはハニワサラリーマンに渡された名刺を見て、ため息をつく。


「最近お戻りになったお客様です。大分現実の生活にお疲れのご様子で…ヒッヒッヒ」

最近、お戻りになったお客様。大分現実の生活に疲れいる…?
最近戻ったということは、どういう意味だ?現実の世界に疲れたから、ここへ逃げてきたのか?

そういえば、ネコゾンビが言っていた。逃げられない苦しみから逃れるために、このグレゴリーハウスで永遠にさまようことを選んだ人たち…。先ほどのサラリーマンも、さまようことを選んだのか…?
待て、そうだとしたら…このグレゴリーハウスに来る人間は「逃げられない苦しみから逃れよう」としてここに来ているということか?じゃあ、何故俺はここに来たのだろうか?思い当たることなんて、ない。俺には理由が思い当たらない。嫌なことがあったといっても、それから逃げたいと思ったことなんて…。…ないのか?…本当に、ないのか?…ああ、わからない、わからない…。


俺が頭を抱えると、グレゴリーが口を開く。



「ところでお客様、こんな所で何をしていらっしゃるのですか?」
「…トイレを、探していたんです」
「それならここの角を右に曲がったところにございます」
「…ありがとうございます」


グレゴリーにお礼を言って立ち去ろうとした時、「ああっ、お客様!」とグレゴリーが俺を呼び止めた。
一体何なんだ、こっちは色々と頭がめちゃくちゃでイライラしているんだよ…!


「朝食の準備が整っておりますので、是非食堂にいらしてください…ヒッヒッヒ」


このホテルは朝食のサービスまで、あったのか。
…そこで、俺は気付いた。…このホテルに来て二日経ったが、今まで何も口にしていないことに。そして、全く腹が空いていなかったことにも驚いた。

本当にここは現実ではないのか…。



非現実に投げ込まれた恐怖と、わけの分からない苛立ちが、俺の心を巣食っていった。
俺はどうすればいいんだ…?


トイレに向かう最中、ずっと考える。…駄目だ、何も思い浮かばない。
何故俺はグレゴリーハウスに来たのだろうか。




20111110




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