何かを失った気がする
だけどそれが何かは、全く覚えていない
こんなこと、あるのだろうか?
だけど覚えていないものはしょうがない


俺の胸に大きな穴が開いた











「お泊りでございますか?」



俺は一体ここで何をしているんだろう。確か、サッカー部の部室で着替えていた筈なのに…。
気が付けば、霧の立ちこめる薄気味悪いホテルの前に立っていた。見覚えなんて全くない、古いホテルの前に。

するとホテルのドアがギギっと音をたてて開いた。そこから出てきたのは、老…鼠だった。くたびれた色のシャツを羽織った…老鼠だったのだ。
俺の身の丈ほどある体に、ぎょろぎょろと動く目。当然、初めて見るその生き物に俺は言葉を失った。


「どうなさいました、お客様」
「っ……!」


あまりにも非現実的な出来事に、俺は焦りながら後ろを振り返った。すると、後方に見えた景色に眩暈がした。
ホテルの周りには墓場があった。…その奥には深い森が広がっている。一体何なんだ…。


「おお、大分お疲れのご様子で。只今お部屋をご用意いたします」

すると老鼠が俺の近くまでやってきて、深々と頭を垂れる。そのままゆっくりとホテルの中に入っていく老鼠。頭の中で警告音が鳴り響く。…ここに入っては、駄目だ。取り返しのつかないことになるぞ。
…だけど、頭とは裏腹に俺の脚はホテルの方向へ向かう。まるで何かに引き寄せられるかのように、ゆっくりとその敷居をくぐってしまった。



「お客様、こちらにお名前を」
「…お、れ…泊まりに来たわけじゃ…」
「?」
「何でここにいるのかも分からないんです。…あ、の…稲妻町はここから近いですか?」
「……はて、聞いた事のない地名ですな」
「そう、ですか…。あ、じゃあ…ここから最寄の駅はど「お客様」…っ」
「もう夜も深けております。このような時間に夜の森を通って帰るのは危険です。今日一日だけでもお泊りになられてはいかがでしょう」
「……」

確かに、あのうっそうとした森を彷徨うのはごめんだ。
…だけど、見るからに怪しいこのホテル。そしてこの老鼠…。本当に大丈夫なのか?

老鼠から受け取ったペンを強く握り締めながら考えていると、老鼠が不思議そうに俺を覗き込む。


「お客様?どうかなさいましたか?」
「あ、ああ…いえ、何でもないです」


…今日一日だけだ。そう、一日だけ。朝になったら出て行けばいい。
俺は老鼠から受け取った帳簿にサインをした。




「“キリノ”さまでございますか。グレゴリーハウスへようこそ…ヒッヒッヒ」






20111029



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