響き渡る悲痛な叫びに虚構の膜が剥がされていく。浮かび上がる真実の姿は俺に何を語るのだろうか…。




「今夜月がのぼったら、このホテルを抜け出すニャ」


…そう言いながら自らにつけられた足枷を取り払ったネコゾンビ。改めて見たネコゾンビの姿は体中の傷跡や縫い目。が目立ち、とても悲惨だった。
狂った客が多い中で、何故ネコゾンビはここまで協力的なのだろうか。そう聞くと、彼は薄らと笑いながらこう言った。


「僕はあいつ…グレゴリーに体を縫われ、ここに閉じ込められたニャ…」
「そう、だったのか…」
「僕はあの老いぼれ鼠が大嫌いだニャ。ずっと復讐してやりたいと思っていたんだニャ」


そう言うと彼はスタスタとドアに向かって歩き出した。
窓から外を見ていると、月がのぼり始めている…。…ネコゾンビの後姿を見て、俺は咄嗟に声をかけた。


「ネコゾンビ、俺と…」
「一緒に行こうって?それはできないニャ…この足枷は僕の苦しみ、苦しみから目をそらすことはできないニャ」
「……」
「同情はやめてくれニャ、キリノ…さっさと行くニャ…君はもう決めたのニャ、振り返らず出ていくことを、僕と約束してほしいニャ」
「……わかった。…ありがとう」
「…幸せなだけの夢を見るのは疲れたニャ…もう終わりにするニャ」」




そう言うと、ネコゾンビはどこかへ行ってしまった。…俺はネコゾンビの部屋から出て、俺は真っ直ぐホテルのロビーを目指す。
すると、その道の途中に…名前がいた。俺が立ち止まり彼女の名を呼ぶと、名前はどこか悲しそうに、でも笑いながら言った。



「全部、思い出したんだね…」
「…ああ。…名前、俺は前を向いて歩くよ。もう、迷いはしない」
「……ふふっ、よかった。…じゃあ、もう時間の余裕がないみたいだから…行きましょう」
「え…でも名前は…」
「あのね、私はここの宿泊客でも何でもないのよ。蘭丸以外には姿は見えていないの」
「え…?」
「ネコゾンビ、私のこと知らなかったでしょう?それに、あの干からびた死体に追いかけられた時も、あいつには蘭丸しか見えていなかった。私はただの幽霊…というより、未練の塊…みたいなものかな」
「……」
「だからね、蘭丸。一緒に断ち切ろう。このままじゃ、私も蘭丸もダメになっちゃう。ここから逃れることによって、みんな救われるの」


そう言うと名前は俺の手を取り、そして走り始めた。廊下を抜け、ロビーを抜けると、暗い蝋燭の光に照らされたドアが見えた。
名前がドアを開けると、ホテルの目の前にあったはずの墓場がなくなり、真っ黒な暗闇に、一筋の白い道が出来ていた。


「お客様、どこへ行かれるのですか?お客様」


すると突然後ろから聞こえてきた声に、俺は驚き振り返ろうとした…が、名前に名前を呼ばれてハッとした。
ネコゾンビから振り返ってはダメだと聞かされていたのだ。


「蘭丸、走るよ!」
「っ、ああ!」


名前と二人で白い道を駆け抜ける。終わりの見えない道。後ろからはグレゴリーの俺を呼ぶ声が聞こえる。


「お客様お戻りください。その先には辛い辛い現実しかないのですよ」
「たとえ辛い現実でも、目を背けちゃダメなんだ!」
「お客様お戻りくださいませ!逃げてどうするのですか?!」
「俺は逃げるんじゃない!立ち向かうんだ!」
「蘭丸…!」
「名前、ありがとう。俺を助けてくれて。…俺は何もできなかったな…本当にすまない」
「ううん。謝らないで。私こそ、あなたを置いて死んでしまって…本当にごめんね。ずっと一緒にいられなくて、ごめんね」
「お客様!お戻りください!!」


走って、走って走って走って…そして、光が溢れている場所までやってきた。
俺は名前を見て、名前は俺を見る。お互いの手は、固く繋がれたままだ。


「蘭丸…今までありがとう。…頑張って前に進んでね。ずっと見守ってるよ」
「…俺も、ありがとう。不謹慎かもしれないけど…でも、会えて、良かった」
「…ふふっ、…じゃあ行こうか」
「お客様!お客様〜!!!」
「ああ、…行こう」
「お客様〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」




俺たちは光に飛び込んだ。
その瞬間に、名前の気配は消えた。…だけど、彼女と繋いでいた手に、温かいぬくもりが残っている。
その手を俺はぎゅっと握りしめた。その時、頭の中に映像が流れ込んできた。


ネコゾンビだった。
彼は持っていた蝋燭を自らの体に燃え移させ、そしてホテルの中を走り回っていたのだ。
ネコゾンビからさらに火が移り、ホテル全体が炎に包まれる。いつかのシェフも、看護婦も、あの犬の親子も、みんなみんな焼かれていく。


「この世界は、君の迷いが生んだ世界。心の弱さが生んだ幻のホテル。現実に戻るか戻らないかを決めるのは、君だニャ」


彼の体を、炎が包み込んでいく。
…そうか…ネコゾンビの言っていた作戦は…。…っ。

そのすべてを焼かれていくホテル。炎に包まれて崩れ落ちるところまで見て、俺は目を開けた。







「あれー?霧野先輩まだ残っていたんですか?」
「…っ、あ…か、狩屋??!」
「な、なんでそんなに驚いてるんですか?変な先輩ですね」
「……」



俺は、あのホテルから…あの非現実な世界から帰ってこれた。
恐ろしくて…でも、どこか心地の良い不気味なホテル。そこで出会った恐ろしい宿泊客、そしてグレゴリー。ネコゾンビ…それに…




「名前…」




確かにあそこはネコゾンビの言った通り、俺の逃げたいと思う気持ちから生まれた、迷いから生まれた世界だった。
だけど、あそこに行かなければ、名前と会っていなければ…俺はこの暗い気持ちを断ち切れていなかったかもしれない。
暗い気持ちに蓋をして、彼女のことを忘れて逃げて。…だけど、俺は…今の俺はもう違う。

俺の隣に彼女はいないけど…でも、俺は進むよ。









20121203



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