何故今まで“帰る”ということを忘れていたんだろうか!!
俺は暗い墓場の中を駆け回る。左手の先には戸惑った様子で、でもしっかりを俺についてきてくれている名前さん。俺は息を乱しながら、闇に包まれたこの場所を走っていた。

テレビフィッシュと出会った後の俺の行動は早かった。偶然階段付近にいた名前さんの手を取ると急いでロビーに向かった。早く早く早く早く早くここから逃げなくては…!!!
ロビーにはグレゴリーはいなかった。ドアノブは回る。チャンスだ。今しかない、今しか…ここから逃げるチャンスはない!俺がドアを開けると、名前さんは驚いたように目を見開く。


「霧野くん、これは…」
「逃げるんだよ!ここにいたら、駄目だ!」
「…それは、ムリだよ…」
「なんでだ!今しかチャンスはないんだ!俺は帰らなきゃいけないんだ!名前さんも一緒にいこう!」
「駄目よ、霧野くん…あなたはまだ「お客様―!」…!」


グレゴリーの声が、暗闇の奥から聞こえてきた。
濡れた土を踏む音も、同時に聞こえてきた。…追いかけ、られている…!



「お客様ーお戻りくださーい、お客様ー」
「グレゴリーだ!急ごう!」
「……う、ん」


俺たちは走ったが、グレゴリーも同じように追いかけてくる。先の見えない墓場…ここは隠れてやり過ごす方が早いかもしれない。
名前さんの腕を引き、俺たちは墓場の陰に隠れる。この際、気味が悪いとかそんなことはどうでもいい。グレゴリーの持つ灯りが段々、こちらに近づいてくる。名前さんの肩がぶるりと震えた。その瞬間だった。


ズルッ






落ちた。









誰かに、足を引っ張られたのだ。













墓場の下には、こじんまりとした空間があった。その中央で椅子に腰かけワインを飲んでいる、一人の男…。
彼は俺を見てにこりと笑った後、ワインを一口飲み、顔を赤くした。俺と同じ穴から降りてきたのか、俺を見つめてくる名前さんの姿を確認すると、俺は目の前の…骨だらけの男に、話しかけた。


「あなたは…いったい…?」
「いやぁ…危ないところだったねぇ」
「もしかして…助けてくれたんですか…?」
「フフッ、ここまで逃げてきたのは…君が初めてだよ」


穏やかな口調のその骨だらけの男は、俺にワインをすすめてきたが、未成年なので断った。
…こいつは、…このヒトは…ネコゾンビのように、信用できるの、か…?


「僕もここから出たいんだよ」
「…あなたも、無理やりここに…?」
「いやぁ違うさ。僕はこの通り…こんなだからね」

男は手を広げて見せる。さらりと、何かが床に落ちた。粉のようなものだった。


「風が吹けば崩れちゃうし、雨が降れば溶け出しちゃうし、ここでこうやって飲んでるしかなかったんだ…」
「…そう、なんですか…」
「…っ、霧野くん…、出よう、早く…」
「……どうしたんですか?」
「……っ」


それまでだんまりだった名前さんが俺に話しかけてくる。
男が「どうかしたのかい?」と聞いてきたが、名前さんは何も答えない。俺が困ったように男に笑うと、男のほうも笑みを深めた。


「でも…それも今日で終わりなんだ…」
「え…?」
「っ、蘭丸ッ!」
「キミの体をいただいてねっ!」


名前さんが叫んだのと、男が立ち上がりながら叫んだのは同時だった。
今まで穏やかそうな顔をしていた、この男…干からびた死体は、鬼のような形相で俺に迫ってきた。

出れないのも、今日まで。…俺の体を…いただいて…!!??すべてを理解した時、俺は名前さんに引っ張られ、墓場まで這い上がっていた。だけど、男は俺を睨みつけながら、這うようにこちらに向かってきていた。っ!!



「ウアァア…体ヲ寄越セェ!!!」
「っ!!」
「霧野くん、こっちよ!」


真っ暗な闇の中を、名前さんに手を引かれて走り回る。干からびた死体は唸り声をあげて、ずっと追いかけてくる。
ナマミノカラダガホシイ、カラダヲヨコセ!
何度も何度も叫びながら、追いかけてくる。…このままじゃ、俺たち二人とも…!


「っ、名前さん!俺が囮になりますから、あなたは逃げてください!」
「え…でも!」
「いいから!絶対にホテルへ帰りましょう!」
「……っ、うん…!」


俺は名前さんと別れた後、干からびた死体のいるほうへ逆戻りする。
死体も俺の方を追いかける気になったみたいで、唸り声をあげながら追いかけてくる。


「体ヲ寄越ェエエエエ!!!!!!!!!!!」
「っ!」


走っているうちに、ぽつんと遠くに灯りが見えた。その灯りに向けて走っていると、口を開けた扉の上にGREGORY HOUSEと書いてある…。戻ってきてしまった。だけど、俺は、俺は…!
急いでその中に駆け込み、ドアを閉める。…ギリギリだった。俺は急いで鍵を閉めると、その場に座り込む。ドンドン、ドンドン!!!ウァァァァ開ケロォオオオ!!!此処ヲ開ケロォオオオオ!!!!ドアをたたく音と共に干からびた死体の怒鳴り声がホテルの中にも響く。すると、…いつもの、あの憎たらしい笑い声が聞こえてきた。


「お帰りなさいませ、お客様。お部屋のお掃除は済んでおります…ヒッヒッヒ…」
「ッ…!!」




俺は、……出られない…のか…?




20120824



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テーマ「人外ファンタジー」
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