薄暗い廊下の端に置かれた長椅子に俺は座っていた。
爪の跡が付くほど、手を握りしめながら、ずっとずっとずっとずっとずっと祈り続けて祈り続けて…俺、は…。俺、は?
何故、祈っていたのだろうか。何故、俺は、なぜ俺はこんな場所にいるんだ?ここは…この場所は…まるで…









「っ…!」


目が覚めた。真っ先に見えたのは、相変わらずの暗い天井。そしてゆらゆらと揺れる蝋燭の不気味な灯り。
首元にシャツが張り付いている…。汗をかいてしまったのだろうか。…少し気持ちが悪い。

俺は起き上がり、バスルームに行こうとドアを開けた。
何かを忘れているような気がして、ならなかった。…胸の辺りに何かつっかえているような気がして、気分が悪い。
はあ、とため息を吐いて廊下を歩く。出来る限り、誰にも見つからないようにしよう。…そう思った矢先のことだった。廊下の奥から、何やら電子音のようなものが響いてきた。俺は歩くのをやめて、辺りを見回し警戒する。すると、廊下の奥が鈍く光った。その光は段々とこちらに近づいてきて…姿を現したのは…



「なっ…!」


光の正体は青白く光る、巨大な魚だった。だけどただの魚じゃない。全身は骨、頭がテレビの宙に浮く奇妙な魚だったのだ。
テレビの魚…そんな幼稚な表現が一番似合うくらい、滑稽な生き物だった。



『ジ、ジジジ、ジ……、――――先輩、先輩』
「…は」


テレビフィッシュから、いきなり声がした。テレビフィッシュは驚いた俺を気にも留めず、先ほどの、「先輩」と言う言葉を繰り返した。……、いや、待て…俺は、この声に、聞き覚えがある。…この声は…


『先輩、先輩、霧野先輩』
「っ!か、狩屋なのか!?」


テレビフィッシュから聞こえてきた声は、後輩の狩屋の声だった。
俺が慌ててテレビフィッシュを覗き込むと、先ほどまでの青白い光ではなく、どこかの風景を映し出していた。そう、ここは…



「サッカー部の、部室…か?」


テレビフィッシュが映し出していたのは、俺たちの部室だったのだ。そして、ロッカーの前には後輩の狩屋、そして神童までもがいた。
これは、いったい何なんだろう…どういう、現象なんだ?テレビフィッシュは、何を映しているんだ?これは本当に狩屋と神童なのか?俺は、何を見せられているんだ…?俺が困惑していると、映像の中の狩屋が喋りはじめた。



『霧野先輩、大丈夫ですかね…』
『どうだろうな…、さすがに、あんなことがあった後じゃ…な』
『…俺、霧、先輩に、気…して、もら…い、で…』
『俺はもう少し、て、おい、いいと、う…』
『で、!』
『いま、…でき、それ、ない…』
『神…っ、!!ジ、ジ、ジジジ…ジ、ジッ…』



最後のほうは、まったく聞き取れなかった。テレビフィッシュの中の狩屋と神童は消え、また再び青白い光が奴を包む。
…先ほどの会話…。狩屋が、俺を心配していた…?…神童の言っていた、あんなことって…一体…

ジクリと頭が痛む。まるで何かを思い出すのを拒むように。




「…逃げ、なきゃ…」



ふいに、そう思った。俺は、逃げなくてはいけない。
ふらりと、俺の脚はバスルームとは反対方向の方へ向く。…逃げなくては、ここから、逃げなくては…

とりかえしのつかないことになってしまう




20120804




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