「霧野くん、大丈夫?落ち着いた?」
「…ああ、おかげさまで。連れ出してくれてありがとう」
「ふふっ、それならよかった。…それより、ネコゾンビに会ったみたいね」
「ああ、ここに来た理由を理解して、それを断ち切れと言われたんだ」
「……そう、ね。それがこのホテルを出る唯一の道ね」


少しだけ、名前さんの表情が曇った気がした。
あの看護婦とグレゴリーの恐ろしい惨劇から逃れた俺は、名前さんに連れられ、天井一面にレールが張られた部屋に逃げ込んだ。此処は審判小僧というヒト?の部屋らしい。(審判小僧って、どんな名前だよ)名前さんによれば、審判小僧とやらはグレゴリーたちとは違い、比較的無害らしい。比較的、という言葉が引っかかるが、気にしないようにしよう。…うん。


「だけど、断ち切るって言われても…俺には何を断ち切ればいいのか分からないんだ」
「…そうね、私にもわからない。それは霧野くんが自分で思い出すしかなさそうね」
「…どうしたら良いんだ…」


わけのわからないホテル。わけのわからない、非現実なことばかりが起こる。俺の頭はめちゃくちゃだ。
だけど、不思議と…居心地がいいんだ。何故かは、わからないけど。ここにいると、時間を忘れることができる。現実であった嫌なことを、忘れることができる。

名前さんにそう言うと、彼女は悲しそうに顔をゆがめながら、首を横に振った。


「駄目だよ。駄目。囚われてはダメ。霧野くん、あなたはここにいてはダメ。帰らないとダメ。あなたには、待っていてくれる人がいるんだから」

名前さんは、それだけ言ってふわりと笑った。どこか、懐かしい微笑みだった。
すると、彼女は立ち上がり、ドアのほうへ向かう。


「名前さん?」

彼女の突然の行動に、俺もつられて立ち上がる。すると、彼女は振り返って、またにこりと笑った。


「時間。時間が来たから、いくね。また会いましょう」


彼女はそう言うと、ドアを開けてこの部屋から出て行ってしまった。俺もそんな彼女を追いかけようと、閉じたドアに手をかけて、一気に開いた。



「僕の名前を知ってるかい♪…と言うんだよ♪」


ガラガラと言う音と共に聞こえる歌声。いきなりのことに固まっていると、天井にあったレールを辿って、「何か」がこちらへとやってきた。


「ジャッジメーント!!」
「!?」


現れたのは、巨大な天秤だった。
驚き声が出ない俺を一瞥すると、後ろのドアを見て、また俺を見た。そして、天秤は大声で話し始める。


「君は中学2年生!朝早く大事な人と2人で登校していた。そこへ1台のトラックが突っ込んできた!さあ、君ならどうする?」
「なんだ、それは…?」
「茫然と立ち尽くす?その人を助ける?」
「た、助けるに、決まっている」
「…ふむふむ、君はトラックに突っ込み大事な人を救い出そうというんだね!それでは真実の天秤に聞いてみよう!」


すると天秤は勢いよく「ジャッジメーント!」と言いながら回り始めた。そして、動きを止めた時に右側へ傾いた。それと同時に左に吊り下げられていた箱から、中に入っていたハートが落ちて床に当たり、割れた。


「はい、カックン。…君はその場から動けなかった。彼女の血が自分に飛び散り、あまりの絶望に君は涙も流せず、ただその場に立ち尽くしていた。これが真実、はいおしまい」
「……」


なんなんだ、このモヤモヤとしたものは。
この天秤の話が、なぜここまで引っかかるのだろう。まったく知らない話なのに。なんで…

俺が立ち尽くしていると、天秤はそんな俺を無視して、先ほどまで俺と名前さんがいた部屋に入っていった。



「僕の名前を知ってるかい♪審判小僧というんだよ♪」






20120604




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