「話が、あるん…ですけど」


翌日の試験が終わった頃に、私はそそくさと何処かへ行こうとする鶴正さまの腕を掴んだ。
彼は少しだけ顔を歪めたあと、私の手を振りほどいて持ち前の俊足を使って教室を出て行った。
私も急いで通学用のカバンを手に取ると、鶴正さまの後を追いかける。生まれて初めて全速力で廊下を走った気がする。

玄関に向かうと思ったが、鶴正さまは上の階へ向かったみたいだ。階段を2個飛ばしでのぼっていく。…とにかく、鶴正さまと何か話さないと…!
追いかけっこ(そんなに可愛らしいものではないが)は、意外にもすぐに幕を閉じた。なんと、階段の踊り場で鶴正さまが立ち止まっていたからだ。


荒い息を整えて、私は背の高い鶴正さまを見上げる。…彼は無表情だった。



「な、んで…」
「え…」
「何で追いかけてくるんですか」
「それは、…鶴正さまと話をしたく「止めて下さいっ!」…え、」

突然声を荒げた鶴正さま。彼の「止めて下さい」の意味が分からずに困惑していると、彼は私に背を向ける。
彼が立ち去ってしまうのではないのかと思った私は、急いで鶴正さまの右腕を掴んだ。


「お願い、聞いて…!」
「…っ」
「…なんで、避けるんですか?」
「……」


一瞬だけ、鶴正さまの体が震えた。それから、俯きながらこちらに体を向ける。
眉は悲しそうに寄り、瞳を細くして唇をきゅっと結んだ、鶴正さま。いつも私に向ける表情とは真反対のそれに、少しだけ驚いた。だって、…今の鶴正さま…。



「俺は、っ…俺には、もう、無理なんですよぉ」

いつもの冷たい声色とは違う、抜けたような声。…やはり、今の鶴正さまは、ネガティブな時の鶴正さまだ。
私は驚いてしまった。彼は私と接する時は絶対にネガティブを出さないのに。



「鶴正、さま…?」
「もう止めて下さい、嫌なんです無理なんですっ!」
「無理って…何が、ですか?」
「……っ、俺はっ!俺は、俺でいたいのにっ…!でも、向こうの俺のほうが、俺は、俺は俺はっ…!」


瞳に涙を溜めて頭を抱える鶴正さま。
何が何だかわからないけど、とりあえず鶴正さまを落ち着かせないと…っ!


「鶴正さま!」
「駄目だあ、もう…っ、何もかも…駄目なんだ」
「鶴正さまっ!」
「もう嫌だ…、俺なんかが調子に乗ったから、…こんな事になってしまったんだ…嫌だ…もう嫌なんですよぉ…!」
「鶴正っ!」
「…!!」

私が彼の名前を呼ぶと、驚いたように私を見てくる鶴正さま。
彼と繋がっている右手に、ぎゅっと力を入れる。


「落ち着いて、…ね?」
「……名前…」
「…鶴正さ「っ、…名前…。すみません…っ」

私の言葉を遮り、謝る鶴正さま。
彼の額からうっすらと汗が噴出す。


「…なんで、謝るの?」
「……俺、っ…ずっと名前を騙していたんです…っ」


私が聞き返すと、彼は言いにくそうに…だけど、何かを決意したように話はじめた。




20111106



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