合宿中は決められた時間に蒲田さんが出してくれる食事やスポーツドリンク以外は、基本的に口にしないという決まりがある。
それはきちんと選手の練習量に合わせたカロリーが計算されていたり、体にいいものを口にするようにという運営側の配慮があってのことだ。
だけどマネージャーまでそれに合わせなくても良いよね。つまり何が言いたいかっていうと夜中にお腹がすいたのでこっそりキッチンを借りることにしたというわけなのだ。それに最近自分でご飯も作ってなかったし…ちょうどいいかなって。


練習が終わった後こっそり買ってきた材料を取り出し、愛用の調理器具も準備おっけー。
卵を割って少し溶いた後、バターでごはんとたまねぎとベーコンを炒める。オムライスっオムライスっ。私、ケチャップご飯よりもバターのご飯のほうが好きなんだよね。
良い匂いが食堂全体に広がってきた頃、ふわふわになるまで火を通した卵でバターライスを包んだらできあがり。ううん我ながら美味しそうだ。
出来上がったオムライスを食堂に運び、それからスプーンで一口すくった時。



「女の子の夜食にしては量が多いんじゃないかな?」
「う、え…皆帆くん?!」


食堂の入り口から、イナズマジャパンのメンバーの皆帆くんが顔を覗かせていた。彼は少しだけ笑うと、てくてくとこちらに近づいてきた。


「美味しそうだね、君が作ったの?」
「う、うん…まあ」

正直なところ皆帆くん…いや、イナズマジャパンのメンバーとはまだ打ち解けられていない。マネージャーの葵ちゃんとだって、今日やっと友達になれた…そんな感じなのに。
そもそも何でただの調理部だった私がサッカーの日本代表のマネージャーに選ばれたんだろう。サッカーに関してはズブの素人だから、本当に毎日慣れないことだらけで大変。何をしたらいいのかもわからないし、場違いな気がしてならないんだよね。…まあそれは置いておいて。つまり、ほとんど初対面な皆帆くんと二人きりになるなんて、気まずすぎる。


「君は調理部だったと聞いたけど、こういう料理はよく作るのかい?」
「うん、まあ。…皆帆くんはなんでここに?」
「眠れなくて少しウロウロしていたら良いにおいがしてきて、それを辿ってきたってところかな」
「そ、うなんだ」
「……」
「……」


やはり、続く沈黙。
もともと男の子と話すのもそんなに得意じゃない私は、何を話していいのか分からずに皆帆くんをチラチラと見る。一方皆帆くんはというと、私の向かい側の席に座って、感情の読み取れない、かといって無表情なわけではないよく分からない顔で私のことを見ていた。


「食べないの?」
「皆帆くんこそ、部屋に帰らないの…?」
「ほら、食事は何人かで食べる方が体にも良いって聞くから」
「でも皆帆くんは何も食べてないでしょ?」
「僕は見ているだけでいいよ」
「……」


皆帆くんの目的が全く分からない。だけどこのままにらめっこを続けていては、せっかく作ったごはんが冷めてしまう。
とりあえずスプーンですくっていたオムライスを一口、食べた。美味しい。


「美味しい?」
「…うん」
「いいな、僕も苗字さんの作る料理を食べてみたいよ」
「…あげないよ?」
「規則違反だしね」
「…うん」


この人、なんだか会話しにくいなぁ。
ほぼ初対面な男の子が見ている中一人でご飯を食べる…どんなシチュエーションなの、これ。黙々と食べ続けていると、皆帆くんが口を開いた。



「マネージャーって、普段はどんな仕事をするんだい?」
「え、うーん…ドリンク作ったり、掃除とか洗濯とか…基本的に雑用かな。サッカー関係は全部経験者の葵ちゃんがやってくれてるし」
「苗字さんは食事を作りたいとは思わないのかな?」
「…そりゃあ思ったこともあるけど、おばちゃんがいるし…それにまだマネージャーの仕事だって右も左も分からない感じだし…」
「僕は、苗字さんの作るご飯を食べてみたいと思うな。ねえ、僕はこう推理しているんだ。僕ら選手、そしてマネージャーも含めて、全員が全員それぞれの得意分野を持っている。雷門からきた人以外は確かにサッカーに関しては素人だけど、でもこうして揃えられた…ってことは、何か意味がある事なんだろう。そして君は調理が専門分野だ。きっと、君にはそういう面で協力してほしいと思って召集したんだと僕は思うよ。君も、ご飯を作りたいと…そう思っているんだろう?」
「……」

そりゃあ調理は私の生きがい…とまではいかないけど、誰にも負けたくないって思ってるし、どうせなら誰かのために作ってあげたい、そんな気持ちもある。


「今日の夕飯のとき、君は蒲田さんの作った鯖の味噌煮を食べた後首をかしげていたね。何か思うところがあったんじゃない?」
「そうね、少し煮込みすぎかなって思った。もちろん美味しかったんだけど、やっぱり一人で全員の人数分を調理するのは難しいのかなって、思った」
「苗字さんさえ良ければ、蒲田さんに手伝うって言ってみればいいんじゃないかな。きっと喜んでくれると思うよ。それが苗字さんのマネージャーとしての役割の一つでもあるんじゃないかな」
「…ありがとう、皆帆くん」
「僕はお礼を言われるようなことは何もしていないよ。ただ、僕が苗字さんの作ったものが食べてみたかった、興味があった、それだけだよ」


そう言うと皆帆くんは立ち上がり、ひらりと私に手を振ると食堂をあとにした。
…。


皆帆くんが立ち去ったあと、食器を片付けるために流しに向かった。私の、マネージャーとしての役割、か。
私は私にできることで、皆帆くんに…みんなに協力できればいいなって、そう思った。…あれ、なんで皆帆くんの名前が先に出たんだろう?…さっき助言をもらったからかな。まあいいや、明日は早起きして蒲田さんのお手伝い頑張るぞー。




20130529


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