3月某日…、私にとって訪れて欲しくなかった日がやってきてしまった。
カレンダーを確認して、溜息を一つ。ベッドから起き上がると、制服に袖を通す。廊下からこんがりと焼けたトーストの匂い、バターの美味しそうな匂いが漂ってきた。…いつも通りの朝、だけど、私には重すぎる朝。

いつものように見送られて、いつものように待ち合わせしていた茜ちゃんと水鳥ちゃんと学校までの道を歩く。
だけど、全然、全然いつも通りじゃない。右手に持ったプレゼントが入った大きな袋が、それを物語っていた。

そして、学校に辿り着く。一番最初に目に付いたのは、いつもは無いもの。今日だけ、あるもの。…雷門中学校卒業式、と書かれた、看板。



「なんか、この一年あっという間だったな」
「そうだね、いろんなことがあったなぁ」
「にしても、3年が卒業したら、なんだかんだで寂しくなりそうだな」
「うん…」


今日は、卒業式。3年生の先輩たちが、雷門からいなくなってしまう日。……三国先輩が、雷門からいなくなってしまう日。

するとずっと黙っていた私を心配してか、茜ちゃんと水鳥ちゃんが私のことを心配そうに覗き込んできたので、慌てて笑顔で何でもないよ!と返す。
2人は私が三国先輩のこと、大好きだって知ってるから、きっと私の本当の気持ちに気づいているんだろうけど…それでも「そっか」と笑って返してくれた。私は、本当いに良い友達を持てた。










ホームルームを済ませて、在校生は体育館に集合した。
どことなく寂しい、けれど幸せな空気に包まれた、穏やかな体育館。ぽかぽかとした日差しが差し込んで、気持ち良い。
隣に座った倉間くんも、どことなく寂しそうに天井を見上げていた。

卒業式の進行表が配られる。目を通すと、一番最後のページに、卒業される先輩方の名前が書いてあった。
私はすぐに、大好きな名前を探す。……見つけた。


三国 太一


何度もその名前をなぞる。ああ、やっぱり、先輩は卒業してしまうんだな、って改めて感じた。
三国先輩の名前があるだけで、この紙が特別なもののように思えてしまう。この紙、大切にしよう。…たった4文字のために、そこまで思うなんて、ちょっとおかしいかもしれないけど…、でも、三国先輩が関わっているすべてのものが、私にとって、何よりも大切なんだ。




式が始まってしまった。緊張した面持ちで体育館に入場してくる3年生の中に、三国先輩を見つけた時、拍手の音量を上げた。
先輩は少しだけ顔が赤くて、あ、先輩すごく緊張してるっていうのが分かって、なんだかおかしくて。だけど悲しくて。進んでいく先輩が、このまま私の知らないどこか遠くに行ってしまうんじゃないのかって思ってしまって、なんだか泣きそうになってしまった。



卒業証書授与、三国先輩の名前が呼ばれた。
先輩は、私の大好きな声で、返事をした。よく通る、綺麗な声で、はいっと返事をした。校長先生から卒業証書を貰って、頭を下げて、自分の席に戻る先輩。そんな先輩を見送るように流れる吹奏楽部が奏でる美しいBGM。全てが重なって、私はついに涙を流してしまった。そんな私に倉間くんは気づいたみたいだったけど、特に何もいう事なく、私の背中をポンポンと叩いてくれた。



三国先輩にとって、最後の校歌斉唱。いつもはちょっとだけ恥ずかしくて歌うのを戸惑っていたが、今日は違う。三国先輩と一緒に、歌うんだ。私たちは今、同じ歌を歌っているんだ…そう思うと、いつもはあんまり好きじゃない校歌も、とても素敵な気持ちで歌えた。
それからすぐに蛍の光で3年生の退場。三国先輩が私たちの列の近くを通る時、一瞬だけこちらを見て笑ってくれた。…だけど、私は笑い返すことが出来なかった。…本当に、これで終わってしまったのだ。










卒業式後、サッカー部は皆で部室の前に集まっていた。持ってきていたプレゼントを車田先輩と天城先輩に渡し終えると、神童くんたちと話をしている三国先輩のもとへと歩み寄る。すると、そんな私に気づいたのか、三国先輩が「苗字!」と声をかけてくれた。神童くんたちに何かを言うと、三国先輩はこちらに駆け寄ってきた。


「さ、三国先輩…、あの…これ」
「ああ、ありがとう。なんか、すまないな」
「いえ…。あの、その…三国先輩…、ご、ご卒業…お、…っ」
「…?どうしたんだ、苗字」


言えない。
おめでとう、なんて言えない。だって、いなくなってほしくないもん。三国先輩がいなくなることを、素直に喜べるわけないよっ…!
自分の我がままさと、情けなさに涙が出てきてしまった。すると、目の前にいた三国先輩は慌てて私の顔を覗き込んで「どうしたんだ?」と聞いてくれた。


「うっ、っ…いや、です…」
「…え?」
「三国先輩、いなくならないで…!寂しい、よ…嫌だよっ…!」
「苗字…」
「ごめんな、さ…。私、先輩を、困らせてばかりで、ごめんなさ…っ」
「苗字!」
「!!」


ぎゅっと、三国先輩は私を包み込んでくれた。先輩が持っていたプレゼントや卒業証書が地面に落ちる音がしたけど、そんなことはお構いなしといった様子で、ぎゅうぎゅうと三国先輩は私を抱きしめた。


「俺も、寂しいよ」
「せんぱ…」
「苗字も、同じ気持ちで、嬉しい。……あのさ、俺…苗字が好きなんだ」
「え…?」
「もし、…苗字さえ良ければ…これからも、一緒にいて欲しい」


三国先輩からの突然の告白に、驚いてしまう。
今までは同じ部活の先輩後輩という関係だったから…、これから一緒にいることが出来ないって思っていた。だから、寂しかった。
だけど、だけど…!


―これからも、一緒にいて欲しい。

…勿論、です。私も、同じ。先輩と同じ気持ち…!


先輩にそう伝えると、先ほどよりもよりきつく抱きしめられた。
それと同時に拍手が起こる。…そうだ、ここには…

先輩との距離をとると、雷門サッカー部の面々が素晴らしい笑顔で拍手をしてくれていた。…ああ、恥ずかしい。でも…幸せだな。

私たちの間を、温かい春の風が通り抜ける。
さよなら、そしてこんにちは!昔からのものも、新しいものも大切にして、笑顔で過ごせますように!






20120307



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