リップが折れた。新作のいちごの香りでピンク色。まだ買って間もなかったのに長いそれはポキリと折れた。最近は乾燥するってのに!もうあの会社のは絶対買わない。やっぱりが一番はメンソレータムだよね、メンソレータム。折れたリップを学校のゴミ箱にぽいっと捨てて鞄を持って教室の扉を開けた。薬局行こう、薬局。

通学路を一人歩く。最寄の薬局は家とは反対方向。面倒くさいな、なんて思いながら唇に手をやる。少し乾いている。乾いた唇特有のボコボコした感触。ありえない。最悪。女の子の唇がこんなのでいいはずない、絶対駄目だ。
とりあえず舌で唇をなぞって仮のうるおいを与える。あんまりよくないらしいけどね、なんでだっけ。…えーっと、唇の表面にある乾燥から守ろうとしている保湿成分…を奪ってしまうから…だったかな。まぁ少しなら問題ないよね。

「あれ、名前ちゃん。なんでこんな所に…」
「げ、吹雪くん」

曲がり角。すぐそこに目的の場所である薬局があるというのに、その少し手前で今一番会いたくない人間に会ってしまった。彼氏の吹雪くんだ。
私が去年編んだマフラーをぐるぐる巻きにまいて、耳あてまでしてる。今日はそんなに寒くないだろう!まあ、いつものことなのでつっこまない。私は彼と同じようにマフラーで口元をさりげなく隠す。だってこんな唇好きな人に見られたくないじゃん。雑誌で見たよ、男がゲンメツする女の嫌いななんちゃら(なんちゃらの部分は思い出せないけど)ランキングで2位だったもん。唇のカサカサしている女。

「ねぇ名前ちゃん。なんで『げ』なの?」
「それはですね吹雪くん…」
「あれ、何で口元隠してるの?」
「吹雪くんだって隠してるじゃん」
「寒いからだよ」
「私も寒いからだよ」
「嘘つき。今日全然寒くないじゃん」
「……」

どっちなの吹雪くん。そう口を開く前になんだか異様に笑顔な吹雪君はあっという間に私をコンクリート塀に押し付けていた。ちょいちょい吹雪くん、ここ外ですよー。そうこうしているうちにあっという間にマフラーを下にズラされる。あら。

「あれ…名前ちゃん」
「うん。リップ折れたからカサカサなんだ。ダサいよね」
「もしかして、僕に見られたくなかったからマフラーで隠してたの?」
「おっしゃる通りでございます」
「ふーん、ねぇ名前ちゃん。ちゅーしたら潤うと思うよ」
「駄目だよ吹雪くん。唾液をつけるのは逆効果なんだよん…っ」

だよんって何だよだよんって。とりあえず今ちゅーされてます。吹雪くんの唇はとっても柔らかくて潤っていて、リップつけた普段の私でも敵わないなこりゃなんて思いながら長いちゅーが終わるのを待つ。もう一度言うけどここ外だよ吹雪くん。
ちゅっと音を立てて離れる唇。そして満面の笑みを浮かべる吹雪くん。彼の細くて長い人差し指が私の唇に触れた。

「潤い補給完了!」
「え…?」

何かと思い自分の唇に触れると、潤っていた。微かに香るバニラの匂い。ぷるんぷるんとまではいかないけど、リップつけた後みたいに…って、もしかして。

「吹雪くんリップ塗ってんの?」
「まあね。カサカサなの、僕嫌だし。それいい匂いでしょ?」

吹雪君の指はそのまま私の指と絡まる。手袋はお互いつけていないから少しひんやりしているけど、だんだんとそこから二人分のぬくもりが広がった。


纏うヴァニラ


「送っていくよ」
「え、リップ買いに…」
「別にいらなくない?こうやってちゅーして潤い補給すればいいでしょ?」






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