合宿2日目の夜、私は少しだけ落ち込みながら薄暗い廊下を歩いていた。



明日で合宿はおしまい。合宿っていえば、練習を頑張るのはもちろんなんだけど、ほら、もっとこう…なんか、ドキドキイベント?とかあっても良いじゃん。ひ、一つ屋根の下で共同生活してるわけだし。

だけど…だけど。この合宿中、大好きな一乃くんとそんな雰囲気になったことは一度もないし、そもそも話した回数だって両手で数えられるくらいしかない。これなら一乃くんと私は同じクラスだから学校にいるほうがたくさん話せた。
そりゃあ、強化合宿だから…遊びに来てるんじゃないってわかってるけど…何だかなぁ。


こうして無意味に廊下を歩いているのは、もしかすると一乃くんに会えるかもしれないと期待しているからだ。…でも、そんな都合の良い話なんて当然無くて。時刻は夜の10時前。そろそろ消灯時間だし…、部屋に帰ろうかな。そう思い、Uターンした時だった。ずっと向こうにあるトイレから、誰かが出てきた。
……、嗚呼こんな…どこかの三文小説のような話があるものなのか。トイレから出てきたのは一乃くんだった。

彼も私に気付いたみたいで、片手を挙げながら「苗字」と声をかけてくれた。


「こんな遅くにどうしたんだ?」
「ね、眠れなくてさ」
「そうか…、実は俺もなんだ。同室の車田さんのイビキが凄くて。…あの中余裕で眠ってる青山と三国さんはすごいよ、本当」
「三国さんは多分我慢してるよ」
「ははっ、そうなのかな。だったら、一人部屋に残してきたから悪いことをしたかな」


はあ、かっこいいなー…。ジャージじゃない、私服のシャツに黒い短パン。いつもとは違う格好に、私の胸はときめいた。


「苗字は…これから、どうするんだ?」
「へ?」
「あ、いや…その、部屋に帰るのかなって思って…。その、眠れないって言ってたから、さ」
「一乃くんは、どうするの?」
「俺は…もう少し、ぶらぶらしようかと思ってる」
「そ、そうなんだ…」

ああ、ああ、どうしよう。これは、チャンスだ。
一乃くんに着いていくことが出来れば、何か良いことがありそうな気がする。…多分、だけど。

ここで大人しく部屋に帰ってチャンスを逃すなんて、後で絶対後悔するし。…頑張れ!勇気を出すんだ、私!



「あの、さ…。一乃くんさえよければ…着いていって、いいかな?」
「…あ…、も、もちろん!苗字さえよければ、俺は全然いいよ」

ふわり、と効果音がつきそうな微笑みを私に向けてくれる一乃くんにドキドキが止まらない。
じゃあ行こうか、と言う一乃くんに頷きながら私は彼の数歩後を追いかけるように、着いていった。


玄関を抜けて、外に出ると…真っ黒な空に星がたくさん広がっていた。まるで、星をこぼしちゃったみたいに、一面に広がっていて…本当に綺麗だった。


「すごいな…」
「そうだね、…綺麗」


星に見とれている一乃くんを盗み見る。彼の瞳に星が映っていて、一乃くんの瞳の中に星が迷い込んだのかな?なんて、なんだかメルヘンチックなことを思ってしまった。
すると、私の視線に気付いたのか一乃くんが少しだけ顔を赤くして、笑った。


「そんなに見られると、恥ずかしいよ。もしかして、俺の顔に何かついて…」
「ち、違うよ!た、ただ…一乃くんの目に星が映ってて綺麗だなーって…。あ、…わ、私何言ってるんだろうね」
「目に星が…?……苗字」
「へ、何…っ!?」


ぐいっと一乃くんに顔を近づけられて、ビクリと体が硬直してしまった。
すると、一乃くんが申し訳なさそうに眉を寄せる。


「突然ごめん…」
「い、一乃くん…急にどうしたの?」
「いや、目に星が映ってるって言っただろ?苗字の目にも映ってるか、確かめたかったんだ」
「私の目にも…?」
「ああ、…苗字の目にも、綺麗な星が映ってたよ」


ほんのりと頬を染めながら笑う一乃くんに見とれてしまう。ああ、何で一乃くんはこんなにドキドキするような事を言ってくるんだろう。
恥ずかしくて俯いていると、「苗字」と一乃くんが私を呼んだ。

何だろう、と思って顔をあげると、一乃くんが再び私のほうへ顔を近づけてきた。もう一度星を見るのかな?なんて、少しだけぼーっとしていると、口に何かが触れたような気がした。…ん、…?、…あ、あれ?


ちゅ


音をたてて離れる柔らかい何か、固まる私に視線を逸らす一乃くん。…あれ、あれ?い、いま…


「い、一乃く…」
「ご…ごめん!」

そう言うと一乃くんは一目散に合宿塔の中に走って行ってしまった。
…い、今…間違いじゃなければ…私と一乃くん…キ、キス…した、よね…?

頭が理解すると、ボンッと私の全身が熱くなっていく。き、きす…キス…、一乃くんと、キス…
何で一乃くんがキスしてきたのかは分からない、分からないけど…


私…期待しても…いいのかな?



唇に確かに残る唇の感触に、なんともいえない気持ちになりながら、私は部屋に向かった。
良い雰囲気どころか、数段ぶっ飛んだイベントが起きて、合宿様様です。とにかく、明日一乃くんに会うのが楽しみで、今日は眠れそうにありません。




20111119




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