「かーわいい」
薄らと笑いながら、狩屋くんは私を追い詰める。私の頭は混乱していた。何で、何で、何故何故何故?
優しい笑みを浮かべていた狩屋くん、猟奇的な笑みを浮かべ、酷く楽しそうな声で笑う狩屋くん…どっちが、本当のキミなの?
ガタガタと震える私の顎をすくい、目を細めて舌なめずりをする狩屋くんに私の恐怖心が高まる。
「先輩、どうしたんですか?…俺が、怖いとか?」
「そ、んなんじゃ…ない」
「じゃあ、何でこんなに震えているんでしょうかねぇ?」
「ひっ…」
私の右腕を這う狩屋くんの赤い舌。その妖艶な動きを見るのが怖くて目を逸らすと、それを許さないとでもいうように、狩屋くんは私の目の前に腕を持ってきて舐め始める。
どうしようもなくなって、私は目を瞑ると狩屋くんの不満そうな声が聞こえた。
「目を開けてくださいよ」
「…いや、だ…」
「強情だなあ…。まあ、そんな先輩もかわいーですけど」
「っ、あ…や、だ…っ」
狩屋くんの舌は首筋に移動する。
ゾワリとした気持ちの悪い感覚に、身震いして、必死に抵抗するが狩屋くんの力には敵わず、そのまま壁に押し付けられた。
そのまま覆いかぶさられるように抱きしめられ、私の恐怖心はついに頂点に達する。
「らんま、るっ、助けて…蘭丸っ…!」
「アイツの名前を呼ぶな!」
「っ、痛…!」
パンっと乾いた音を立てて、頬を叩かれる。ジンと鈍い痛みが頬全体に広がっていき、私はズルズルとそのまま座り込む。
そして、私を見下ろす狩屋くんを睨みつけた。
「先輩、今自分がどういう状況にいるのかちゃんと理解してるんですか?」
「……」
「個室に男と二人きり、そして完璧に主導権は俺。…逆らったら、今のより痛い目に遭いますよ?」
「っ…!」
叩かれたほうの頬に手を当てると、その上から優しく重ねあわされる狩屋くんの手に少しだけ戸惑う。
狩屋くんのほうを見ると、初めて会った時に見せた優しい笑顔で私を見つめていた。
「一目惚れなんですよ」
「…」
「先輩、かわいーし…やさしーし。すごい好み」
「…狩屋、く…「だけど」…」
「アイツが邪魔だなあ!」
「っ!」
叩きつけるように壁を拳で殴る狩屋くんに、再びいやな汗が吹き出る。
「アイツは名前先輩にとって何なの、邪魔なんだよ!邪魔だ、クソッ!」
「蘭丸とは幼馴染で…」
「アイツの名前を口にするな!」
「!」
壁に押さえつけられて、今度こそ身動きが取れなくなる。
狩屋くんは目をギラつかせて唇を噛んでいた。頭に血が上っているみたいで、頭の中で狩屋くんに逆らってはならない、と警告が響き渡る。
「名前先輩は俺だけを見ればいいんだ。これから、ずっとずっとずっと!」
「……か、りやくん…」
「だけど邪魔者がいるかぎり、それは無理なのかな」
「…!だ、駄目…!」
「…何がです?」
「…っ、狩屋くんだけ見るから…!」
「……」
「狩屋くんだけ、見るから…約束するから…!」
「せーんぱい」
ふわりと笑った狩屋くんは私をぎゅっと抱きしめる。…だけど、私にはそれが恐怖でしかなかった。
「これで先輩は俺のものですね」
「っ…」
「スキですよ、名前センパイ」
重なる唇、失ったものは何だろう。
20110922