「弟くん危ないっ!」



一瞬だった。
パスカルがヒューバートを庇い、魔物の攻撃を受けて宙を舞った。まるでスローモーションのように彼女は空を舞った後に、ドサリと嫌な音を立てて地へ落ちた。
沈黙の後、マリク教官の輝術が決まってパスカルを攻撃した魔物は消えて無くなった。すぐにシェリアとソフィが駆け寄った。アスベルもマリク教官もリチャードも駆け寄った。ヒューバートも泣きそうに顔を歪めて、駆け寄った。

だけど私は動けなかった。
色々な感情が胸の中を渦巻く。


ヒーラーである私が真っ先に駆け寄らなくちゃいけないのに、私はその場から動けなかった。
アスベルが少しだけ苛々したように私の名前を呼んだ。だけど私は動けなかった。動かなかった。









シェリアとソフィの力で応急処置が施されたパスカルを最寄の宿屋に連れて行く。
あんなに血が出ていたのに傷は思ったより深くなかったみたいで、パスカルは無事だった。ただ少しだけ安静が必要のようで、しばらくこの宿屋へ留まることが決まった。

みんながパスカルの部屋にお見舞いに行っていたが、私はどうしても行く気にならずに体調不良を理由に一人部屋のベッドにもぐっていた。



パスカルがヒューバートを庇って魔物の攻撃を受けたあの瞬間、私の中に渦巻いた感情は嫉妬だった。
私がヒューバートの彼女なのに、何で、何で、…そう思った。
ヒューバートと付き合う前、彼はパスカルのことを意識していたみたいで、私はそれにたくさん嫉妬をした。付き合い始めてからもパスカルとヒューバートが話すたびに嫉妬をしていた。だから、今回も二人の絆を見せつけられて、嫉妬したのだろう。


だけど、それでも。


パスカルは大怪我を負ったのだ。なのに、動かないなんて。嫉妬を理由に動かないなんて…。



「私、最低だっ…」

ボロボロと涙がこぼれる。パスカルはいつも私に優しくしてくれるのに、私…私は、最低だ。
しばらく涙を流していると、コンコンとドアがノックされた。私は急いで涙を拭い返事をした。ドアを開けて中に入ってきたのはヒューバートだった。



「体調は大丈夫ですか?」
「…うん」
「…あまり良くなさそうですね」

ヒューバートは私のベッドに腰をかけると、心配そうに私を見てくる。…。


「パスカルさんも心配されていましたよ。こんな時にお見舞いに行けないなんて悔しーっ!と。まったく、自分も病人なのにどの口が言うって感じですよね」
「っ…!!」

パスカルが、心配をしてくれていた。
その事実が私の胸に突き刺さる。それと同時に拭ったはずの涙がボロボロとあふれ出してきた。それを見たヒューバートがぎょっと目を見開く。


「名前…?」
「ううっ、あっ…ごめんなさい、ごめんなさいっ」
「…いったいどうしたんですか?」
「ふうっ、うっ…ごめな、さっ…」
「……」

ふわりと、ヒューバートが私をやさしく抱きしめてくれた。そしてなだめるように優しく背中をさすってくれる。
彼の優しさに、だんだんと気持ちが落ち着いてきた。…そして、私はゆっくりとヒューバートに先ほど感じていた醜い感情を話し始める。

それを黙って聞いてくれていたヒューバートが口を開く。



「名前は涙を流しました」
「……」
「それは誰のため、ですか?」
「っ…!」
「それが分かっていれば、大丈夫ですよ」


ヒューバートは優しく笑って、それから私を再び優しく抱きしめる。
なんだかとても悲しくなって、私は再びヒューバートの胸へ顔をうずめた。



「それに、ぼくは名前だけしか見ていませんよ。それだけは、ちゃんと理解していて下さい」


少しだけ拗ねたようにそう言ったヒューバートの背中に腕を回して、私はもう一度心の中で「ごめんなさい」と唱えた。




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