俺には婚約者がいる。
彼女はお嬢様学校で有名な学校に通っている、大手製薬会社の社長令嬢だ。

そこまで聞いたら、厭味ったらしくて縦ロールをツインテールで結んで、キツイ物言いをするですわ口調のお嬢様を思い浮かべる人も少なくはないと思う。
いや、これは俺の偏見かもしれないけど…でもそうだろう?漫画の中で描かれる社長令嬢なんて、そんなのが大半だ。(実際、親友の霧野に、婚約者の話と彼女の身の上話をしたら、先に挙げたイメージの女性を想像し、心配された)


だけど、彼女…名前は違う。
ほんわかとした雰囲気の、優しい女の子だ。お菓子に例えるとシフォンケーキ、動物に例えるとうさぎ、色に例えるとカナリヤイエロー…
リボン集めが趣味の、まるで童話の中のヒロインのような可愛らしい女の子なのだ。

親同士が決めた婚約であったが、俺の意思で結婚を申し込みたいと思うくらい、彼女を愛していた。




「拓人くん拓人くん」

と可愛い声が俺を呼んだ。
俺は読んでいた本に栞をして、近づいてきた彼女の頭を優しく撫でる。

二人で一緒にソファに座って、使用人が持ってきた紅茶とマフィンを食べながら、色々なことを話した。
途中で名前が甘えるように俺に寄り添ってきて、頬がにやけそうだった。…いや、多分にやけていたけど。

すると、名前が俺の左手を自らの両手で優しく包んだ。どうしたんだ?と聞くと、彼女ははにかみながら俺の左手をぎゅっと握る。


「拓人くんの指って綺麗だね」
「そうか?」
「うん、ピアノを弾いてる人って…指が綺麗な人が多いから。何だか憧れちゃう」
「名前の手も十分綺麗だと思うけど…」

俺はそう言って、彼女の両手に自分の右手を重ね合わせた。彼女に包まれていた左手も使い、今度は俺が彼女の手を包み込んだ。
柔らかくて優しい彼女の手。世界で一番大好きな手。

それを伝えると、名前は恥ずかしそうに俯いた。


「拓人くん好き」
「(きゅん)……俺もだ」

真っ赤になりながら好きだと伝えてくれた彼女を、今度は優しく抱きしめる。
小さくて細い身体を両手に閉じ込めて、俺は彼女を全身で感じた(あ、決して厭らしい意味ではないからな!断じて違うからな!)


「名前はピアノは弾けるのか?」
「ううん、音楽関係は習ったことがないの。でも、クラシックコンサートにはよく行くなあ…。聞いているだけで心が癒されるよね」
「ああ、そうだな。…名前は好きな作曲家はいるのか?」
「ショパンかな。旋律がとても綺麗で…何だか、心にうったえかけられるような…。ショパンの曲を聴くと、いつも何かを感じるの」
「ショパンか…、じゃあこれは知ってるか?」

俺は部屋に置いてあるピアノの傍まで行き、有名な曲のフレーズを弾いた。
ショパン、夜想曲第二番。ショパンの残したノクターンの中でもっとも有名な夜想曲である。

ワンフレーズ弾いてあげると、名前は嬉しそうに「この曲知ってる!」と答えた。


「何度か聴いたことがあるよ。演奏会を聴きにいったときにも演奏してたし、学校でも友達が弾いてた」
「そうか、この曲は好きか?」
「うん!」
「じゃあそこに座って。通しで弾いてあげる」
「わあ!拓人くんありがとう!!」


彼女はパアっと瞳を輝かせると、今まで座っていたソファに再び座り、こちらを笑顔で見つめる。
そんな彼女の期待に応えるように、俺は鍵盤に指を沿え、それからノクターンを弾き始めた。


曲が終わると、彼女は黙って俺のほうへやってきて、それから俺の腰に腕を回し、抱きついた。
どうしたのかと思い、名前の顔を覗き込むと、彼女は泣いていた。


「拓人くん、すごい」
「…え?」
「私ね、この曲何回も何回も聴いたことがあるけど、こんなに感動しなかったよ」
「名前…」
「ありがとう…!拓人くんのノクターンが聴けて本当に良かったよ」


音楽というのは不思議なもので。
同じ曲を弾いても、吹いても、叩いても…人によって全然違うんだ。上手下手の問題ではなく、…そう、例えるなら…色が違うんだ。

先ほど、名前は「拓人くんのノクターン」と言った。
それは…俺自身の音楽を褒められているということで…。俺は本当に嬉しかった。俺の音楽が彼女に愛された、ということなんだ。


それがむしょうに嬉しくて、俺は色んな曲を弾いた。
彼女は聴くたびに幸せそうに顔を綻ばせる。


これから先…、大人になっても変わらず、こうして共に幸せな時間が過ごせたら…。そう願い、俺は旋律を奏でた。




愛を音に乗せて



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