いつもはお弁当を持ってきている私だけど、お母さんが炊飯器のスイッチを押し忘れていたので今日は食堂のお世話になることになった。
授業が終わった後、いつも教室で一緒にお弁当を食べている喜多くんと別れた私は食堂までの道を急ぐ。




「(人…多っ!)」


度肝を抜かれるとはまさにこの事か。


…満員電車ばりに人が敷き詰められた食堂内、券売機の前に出来た長蛇の列。埋め尽くされた席…。
ここをいつも利用している人には、見慣れた光景なのだろうが…いつもは弁当組な私は、ここを利用するのは初めて…、イコールこの光景を見るのは初めてだった。

天河原中はマンモス校なので、当然食堂を利用する生徒も多い。
それを頭の中ではきちんと理解していた筈だったのだが…、正直ここまで多いとは思わなかった。



とりあえず、券売機順番待ちの列(らしきもの)に並ぶ。ちらりと時計を見ると、12:45と表示されていた。
昼休みが終わるのは13:30…。この列を見る限り券売機にたどり着くまで、結構な時間がかかるだろう。それから食券を食堂のおばちゃんに渡すのに、また列に並ばなければならない。それから、食事が出来上がるまで待つ、そしてご飯を食べる。…とてもじゃないが、時間内に終わりそうにない。

食堂組はいつもこんな事をしているのだろうか…?とてもじゃないが、この生活は私には向いていない。


長い長い列に並びながらため息をついていると、いきなり背中が重くなった。…誰かに抱きつかれているようだ。
ふわりと香った香水のにおい。…このにおい、知ってる。…これは…


「宵一…?」
「せいかーい」

いつものように間延びした声でケラケラと笑う宵一。
…ん?後ろにいたって事は、私の後ろに並んでいたってことだよね?え、でも今の今まで声をかけてこなかったのは何故?

私が並んでから、少しだけど券売機に近づいている。当然、後ろも増えていくんだけど…後ろに宵一がいたらすぐに気付く筈…ということは、考えられるのは一つしかなかった。


「宵一、順番抜かしした?」
「えー…関係ないし〜」
「……宵一?」
「ほんとに関係ないんだってぇ、というか名前、こんなトコに並んでてもご飯にありつけないよぉ?」
「え?どういうこと?」
「いいから早くこっち来て」


宵一に手を引かれ、列から抜ける。あああ、せっかく並んでたのに…!
当然、私の後ろにいた人は列を詰め、戻るところはなくなってしまった。私は宵一に文句を言おうと、彼の制服の裾を引っ張る。


「なあに?」
「なあに?じゃないよ!せっかく並んでたのに!何処に連れて行く気?私、まだお昼ご飯食べてないんだけど!」
「それなら問題ないよ」
「ねえ、宵一!ホントに急がないとご飯食べれないんだけどっ!」
「はい選んで?」


宵一に連れてこられたのは、食堂内に設置されているテーブルコーナー。…ご飯を食べるところだった。
四人掛けのテーブルには、同学年の男子三人が座っている(確か…よく宵一と一緒にいる子たち…だよね)そして、テーブルの上には束で置いてある…食券?

宵一が食券をテーブルの上に広げる。ハンバーグランチ、ラーメン定食、唐揚げ定食…エトセトラエトセトラ…とにかく、かなりの枚数の食券がテーブルの上に並ぶ。


「宵一、これどうしたの?」
「とにかく選んでよ、早くおばちゃんのトコ行かないと本当に食べれなくなっちゃうよ〜?」

何だか状況が掴めないのだが、とりあえず宵一に言われた通りに食券を選び(ハンバーグランチにした)それからまた宵一に手を引かれ、食堂のおばちゃんに食券を渡す列に並ぶ。落ち着いたところで、もう一度宵一に聞いてみる。


「宵一、あのさ…」
「名前は食堂初めてでしょ?」
「あ、うん…」
「駄目だよ〜?普通に並んでちゃ絶対に食事にありつけないし。食堂組はねぇ、事前に食券を買っておくんだよぉ」
「事前に買っておく?」
「そうそう。朝とか授業の合間に来て、食券を買っておくんだ〜。ボクの場合は毎日来るのは面倒だから、一気にまとめて買っておくんだけどねぇ」

なるほど、だからあんなに食券を持ってたんだな。
それにしても、普通に並んだら食事にありつけないって…。それは食堂としてどうなんだ…?まあ、人数が多いから仕方ないんだろうけど。…あ、それより…


「あの、宵一」
「どうしたの〜?」
「ハンバーグランチっていくら?お金払わなきゃ…」
「んー…忘れた〜」
「え…」
「お金なんていらないよぉ、おごりおごり」
「だ、駄目だって…!」
「え〜、いいって」
「駄目だよ!」
「うーん…それなら」

宵一はおばちゃんに食券を渡して、こちらを振り返る。

「一緒に食べようよ」
「え、…そ、それだけでいいの…?」
「だって名前っていっつも喜多と食べてんじゃん。ボクだって名前と一緒に食べたかったのに。だからさぁ、今日の名前のお昼休憩、ボクにちょうだい?」


きゅるん、と効果音をつけておねだりする宵一に私の何かが爆発した。可愛い可愛い可愛い宵一可愛い!
もちろんこちらからお願いいたします!と懇願すると、宵一は楽しそうにケラケラと笑った。




楽園サンデイ




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