部活のない休日に、陽花戸中サッカー部みんなで遊園地に遊びにいくことになった。
珍しく朝からそわそわしていた名前に、兄は笑いながら帽子を差し出す。


「今日は日差しが強いですから、被っていきなさい」
「わかった、ありがとう兄さん」
「楽しんできなさいね」
「うん、行ってきます」

鞄を持って帽子を被って、名前は待ち合わせ場所の駅前へ向かった。
十分前に駅前に到着した名前。改札口付近に見慣れた顔を見つけて、小走りで駆け寄る。


「おはよう、みんな」
「名前先輩っ、おはようございます!」
「立向居、おはよう。なんだか私服は見慣れないから新鮮だね」
「先輩も…私服、あまり見ないから…、綺麗というか、あの、その…」
「立向居、朝っぱらから名前を口説かないでよ」
「な、なな、な…!く、口説いてなんて…!」

真っ赤になって慌てふためく立向居を筑紫がからかうと、更に赤くなる立向居。茹蛸みたいで、名前は何だかそれがとてもおかしくて笑いを零した。
待ち合わせ時間丁度になって、ようやく陽花戸中サッカー部全員が集まった。

そのまま電車に揺られて一時間、福岡では有名なとある遊園地にやってきた。大人数なので、いくつかのグループに分かれて園内を回ることになった。志賀や松林から絶叫系乗り回しの旅に誘われた名前だったが、それを断って筑紫・戸田と一緒にゆっくり回る事に決めた。

名前たちが出発しようとしていた時、立向居が恐る恐るといった感じで話しかけてきた。


「あ、あの…お、俺も先輩方と一緒に行きたいんですが…」
「でも同級生と回ったほうが楽しいんじゃないか?」
「戸田、空気読みなよ」
「は?どういう「僕は別に構わないよ。…名前は?」
「私はもちろんOK。立向居、楽しもうね」
「は、はいっ!」

名前たちがOKを出すと、立向居は嬉しそうに顔を綻ばせて、それから2年生3人の後を追いかけるように着いてまわった。
絶叫系や、メリーゴーランド、コーヒーカップに空中ブランコ…。筑紫の計らいで2・2に分かれるときは名前と席を隣にしてもらっていた立向居だったが、名前の性格が性格なので、ちっとも良い雰囲気になれない。

そんな中、期間限定で建設されていたお化け屋敷が目に入った。


「(チャ、チャンスだ…!)あ、あの先輩方…!お化け屋敷がありますよ!」
「あ、ホントだ。珍しいね」
「………、入ってみようか?」
「え…!?」

一人だけ微妙な表情をした戸田。そんな彼を見て、筑紫はニヤリとした表情になる。

「え、もしかして戸田…怖いのかい?」
「そ…そんなわけ!」
「はあ、震えてるよ大丈夫?」
「っ…」
「…じゃあー…、僕が戸田についてるから、立向居と名前で楽しんできなよ」
「ええ!?」
「筑紫、俺は一人で大丈夫だから3人で行ってこいよ」
「(ホント戸田空気読め)…いや、一人だと暇でしょ。別に僕は特別お化け屋敷に入りたいわけでもないしさ」
「んー、じゃあそこのベンチで待っててよ。行こうか、立向居」
「え、あ、は、はい!」

またも、筑紫の計らいで名前と二人きりになれた立向居。
お化け屋敷という場所は、大抵の女の子は怖がり、男に頼ってくる。…それを期待していた立向居だったのだが、当然、名前が「大抵」の女の子に当てはまるはずも無く…。


「ああ、駄目だった?」
「…ううっ」
「まあそう気を落とさずに、ね?」

お化けを見ても微動だにしなかった名前に、差し出そうとした手を自然に下げていた立向居。強くて美しい彼女に憧れた身ではあるが、こういうときは…やっぱり頼って欲しいと思うのが男なのである。

そうこうしているうちに、夕方になって。陽花戸の部員たちとの集合時間まで、後僅かになってしまった。
結局、名前との関係も縮まるわけがなくて…。休日に遊びに行くのだから、何かあると期待した自分が馬鹿だった、と立向居は乾いた笑みをこぼした。

すると、立向居の顔に影が差す。見ると、名前が心配そうに顔を歪めて立向居を覗き込んでいた。


「どうしたの、立向居。そんなに寂しそうな顔をして…」
「あ、名前先輩…」
「やっぱり私たちとじゃ気を遣って、つまらなかった?」
「そ、そんなこと……!」
「……筑紫、集合時間まであと何分くらい?」
「え…15分くらい」
「ちょっと立向居連れてくね、時間までには絶対に集合場所まで行くから」

そう言いながら、名前は立向居の腕を取り、走り始めた。そして、足を止める。立向居の目に映ったものは、観覧車だった。
ちょうど夕食時なので、客もいなくて、すぐに乗り込むことが出来た。

向かい合って座り、ようやく名前が口を開く。


「急にごめんね」
「い、いえ…」
「やっぱり、息抜きとして来たんだから、楽しんでもらいたくてさ」
「…す、すみません…」
「謝らなくていいんだよ。私のほうこそ、気にかけていればよかったのに…ごめんね」
「名前先輩は何も悪くないですっ!」
「…ふふっ、じゃあお相子ということで」
「(そういうわけじゃ、ないんだけどなあ…)は、はい」

すると、名前が視線をゴンドラの外へ向ける。釣られて立向居も視線を向けると…。

「う、うわあ…」
「すごく綺麗だね、驚いちゃったよ」

眼下に広がるのは、美しい夕焼け。遠くの街の明かりも見えて、夕焼けと夜景が混じる…美しい景色だった。
にこにこしながら窓の外を覗く名前に、目が奪われる。夕焼けに照らされ、キラキラと光り輝いて見えて、立向居は思わず「綺麗だ…」と声を漏らした。

「本当だね…すごく綺麗…」

もちろん、彼女に本当の意味は伝わっていなかったけれど…。
だけど立向居は何故だか満足そうに笑って、名前と同じように、再び窓の外に視線を戻した。






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