練習試合当日の朝。
とても早くに目が覚める。…胸の辺りに何かがぐるぐる渦巻いているような変な感じがする。それをお母さんに伝えると「緊張しているんだよ」と言われた。なるほどなー。

とにかく制服に着替えて学校に向かうと、部室塔の前に喜多くんがいた。彼もまだ制服姿で、どこかそわそわしている様子だった。


「おはよう喜多くん!」
「!!お、おはよう。…あの、苗字…さん」
「?どうかした…?」
「…あ、のさ。…昨日の…」
「昨日?…あ、そういえば…!ごめんね、篤志くんが勝手に電話に出ちゃって…」
「あ、あつしくん…」
「?」

すると喜多くんは、黙って下を向いてしまった。
やっぱり昨日のこと、怒ってるのかな…?とにかく、もう一度謝ろう…!そう思った時だった。

私たち二人の横を、誰かが通り過ぎる。先輩だったら挨拶をしないといけないので、すぐにそちらを見ると…。
鋭い瞳と目が合った。…隼総くんだ。「おはよう!」と声をかけると、いつかの部活終わりと同じように私をチラリと見て、何も言わずに去っていった。



「苗字さん…、あまり関わらないほうが良いんじゃないか?」
「でも、同級生なんだし挨拶はしないと」
「だけど…先輩に目をつけられるかも、しれないし…」
「…うーん」


喜多くんが私のことを心配して言ってくれてるのは分かる。だけど、隼総くんはサッカー部の同級生なんだ。
私はフィフスセクターもシードについても何も知らないから、言えるだけかもしれないけど…。でも、挨拶ってするのが当たり前のことだってお母さんにずっと言われてきた…。だから気持ちよく朝を迎えるために、私は誰に何と言われようとするよ!と言ったら、喜多くんは笑いながら「苗字さんらしいね」と言ってくれた。

とにかく部室に向かい、マネージャーの仕事をするために喜多くんとはお別れする。



マネージャーの先輩たちと一緒にタオルなどを用意して、相手校の到着を待つ。そして、相手校の人たちが来たので、監督とキャプテンが挨拶をしに行った。
天河原の皆は入念に準備運動をするが、相手校の人たちは勝ち試合なので…こう言っては何だが舐めてかかっているみたいで…。準備はてきとう、座り込んで携帯を弄ったり…とても試合前だとは思えない。

そんな相手校の人たちを見て、喜多くんが顔を顰める。


「勝ち試合だからって…、あれがスポーツマンのする態度か…?」
「…」
「なあ〜んか嫌な雰囲気だねぇ」

いつの間にか隣に来ていた宵一が、相手校を見ながらため息をつく。
先輩たちも相手校の態度にピリピリしている…。こんなのが初試合なんて…、嫌だなあ。…篤志くんはいつもこんな思いしてたのかな…。








やはり試合は散々で。…勝敗指示の通り天河原中は3対1で負けた。
先輩たちも勿論悔しそうだったが、問題は一年生だ。…こんなに酷い試合を見せられた一年生のみんな。夢と希望を持って入部してきた一年生。初めて、今の中学サッカー界の現状を目の当たりにした一年生。


「俺…もう辞める」
「…俺も、嫌だ」

ぽつりぽつりと漏らし始める一年生のみんな。喜多くんが、また苦い顔をする。
すると、そんな中…一人の部員が笑い始めた。…隼総くんだ。


「情けねぇな、腰抜けどもめ。このくらいで嫌だ、だと?言っておくが、こんな試合より酷い試合なんてたくさんある。このくらいでぐだぐだ言うなら最初からサッカーなんてやるんじゃねぇよ」
「なんだとっ…!」
「それにしても、無様な試合だったな。もう少し楽しませろよ、先輩方?」
「調子にのってんじゃねーよ!」


2年の先輩が隼総くんの胸ぐらを掴む。…そ、それは駄目だって…!
まさに一触即発、すると監督が来てその場は何とか収まった。だけど、雰囲気はとても悪い。

先輩たちは隼総くんを睨みながら、部室の方へ戻っていってしまう。マネージャーの先輩たちも、すぐにそれを追いかける。
隼総くんはと言うと、そんな先輩たちの様子を鼻で笑って、それからどこかへ行ってしまった。

残ったのは、一年生だけ。
初めての絶望を知った、一年生だけだった。




20110828




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