「で、そいつらがセレーナを連れて行こうとしてたのさ。ヒューマの中で一番キレイな娘だとか言って…」

工場から出ようとした時だった。先ほどティトレイさんとやってきた工場長の声が聞こえた。…いつの間に逃げていたんだね。
トーマ様がセレーナさんの背中を押して外に出ようとした時だった。兄さまが右手を出して、トーマ様たちが進むのを制す。

「どういうつもりだ、サレ」
「外に出るのは少し待ってくれないか?…面白いことが起こるよ」
「面白いことだと?なんだ、それは」
「ふふっ、それはまだ秘密。じき分かるよ」

兄さまは不敵な笑みを浮かべながら外の様子を伺う。するとよく知る人の声が聞こえてきた。

「やっぱりサレたちみたいだね」

マオ…!
マオの顔を見た途端、私は何故か安心した。マオ、マオ…マオは私を助けてくれるかもしれない。マオなら、マオがいたら…。

「そしたら突然、工場の床から木のツタが伸びてきて、奴らからセレーナを取り戻そうとして…ティトレイが何かしているらしいことは分かったが…連中がそれを全部薙ぎ払ったら、後はヤケを起こしたみたいに次々とツタや樹が生えてきて、私は命からがら…」
「…やはり、フォルスが暴走したんだな」

工場長がウソを並べる。こちらが唆したとはいえ、セレーナさんを売ったのは工場長なのに…。
すると兄さまが足を進めた。先ほどより濃い笑みを浮かべて…

「で、サレたちはどこ?」
「ここだよ、ぼうや」
「サレ、トーマ!」
「…名前…!」

マオが私の名前を呼ぶ。…違うの、違う…違わないけど、違うの…マオ。私は分からないの、何をしたらいいのか…助けて、私は…私は本当は、こんなこと…

「ウソは困りますよ工場長。あなたの大事な娘さんを連れて行かない代わりに、セレーナさんを引き渡すという約束をしたじゃないですか?もっとも、あなたの娘さんを連れて行くつもりなんて、はなからなかったけど」
「?」
「なぜなら、あなたの娘さんは美しくないから」

兄さまの顔が笑顔で歪む。
…こうして、工場長…そしてティトレイさんとセレーナさん…みんなを傷つけるのが目的だったみたいだ。…兄さま、こんなことをして、楽しい?
こんな下らないことのために、ウソをついて人を傷つけて…私には、理解できないよ。

「…」
「貴様ら、クレアはどこだ!!」
「見ての通りだ。ここにはいない」
「どこへやったんだ!?クレアを…クレアを返せ!」
「悪いけど、おしゃべりしてるヒマはないんだよね。…名前、黙らせて。さっきの術で吹き飛ばしてやりなよ」
「…!」

兄さまが私の背中を押し出す。
…やるの?兄さまの命令は絶対。私は自分で考えちゃいけない。…でも、それは本当に正しいことなの?
分からない、分からない…。ううん、分からないんじゃない。自分で考えてなかったの。…私は、自分で考えようとしなかった。
いつも、兄さまやマオに頼っていた。…それじゃあ、駄目。駄目なんだよ…。私は、じゃあどうしたらいいの?…これ以上、兄さまと一緒にいたら、自分が自分じゃなくなる。それこそ「お人形」だ。…だったら…


「…できま、せん」
「なんだと?」
「私は、分かりません…!だから兄さまと、一緒にいることは…できません」
「…そう。君がそう考えるのなら、そうしたらいいよ。ここで、さよならだね」
「兄、さま…?」
「さよなら、名前」

兄さまそう言うと、私を力強くマオたちの方へ押しやり、間にいくつもの竜巻を起こす。
そしてこちらを見ずにセレーナさんとトーマ様を連れて去っていった。

「名前っ!大丈夫?」

マオが駆け寄ってきてくれたが、それ所じゃなかった。…なんで?…なんで兄さまは、なんで…?
だって、今まで私が反抗したら頬を叩いて、それを正した。だけど、今のはなんだったの?私は、兄さまから離れることを自ら望んだ。だけど…あまりにも、兄さまの態度はおかしくて…。

「名前っ!」
「っ!マ、マオ…」
「大丈夫?突き飛ばされた時に怪我しなかった?」
「…私は…」
「待てっ!」

すると銀髪の青年が叫んだ。見ると、私たちの前にあった竜巻は消えてなくなっていた。…兄さまがフォルスの力を弱めたのだろう。…それは…兄さまたちが、遠くに行ってしまったという証拠。
本当に置いて行かれてしまったのか…。

「ヴェイグ、このフォルスの暴走を止めるのが先だ。連中を追いたい気持ちはわかる。しかし、目の前のこの状況をお前は放って行くのか?」
「…フォルスを、フォルスを止めにいこう」
「…それから、ティトレイも助けないとネ!…名前は、どうする?」
「私、は…」
「名前、お前はサレたちのしていることに納得がいかなくて、こうしてここに残ったんだな?」
「…私は…分からない。兄さまが考えてることも、アガーテ様の考えも。…自分の答えも」
「…ゆっくり考えていけばいい。自分でな。…とりあえず、一緒に行こう。ここに一人残していくわけにはいかないからな。…いいか、ヴェイグ」
「俺には関係ない。クレアを助けることが出来れば、それでいいからな。だが、邪魔した時は…」
「…邪魔は、しません」
「…そういうことだ。アニーはどうだ?」
「私は、別に…」
「マオは?」
「ボクはもちろん大歓迎だヨ!名前が一緒にいてくれるなんて、ボク本当に嬉しいっ!」
「…名前、それでいいか?」
「…ありがとう…」

そうだ。ユージーン隊長の言う通り…、時間が必要なんだ、私には…。
ゆっくり、兄さまから離れたところで…考えていったら、いいんだよね?

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