霧深いバルカの朝。私は豪華な装飾がされたベッドから起き上がり、そしてネグリジェを脱ぐ。王の盾から支給された服に着替えると、見計らったかのように兄さまが部屋に入ってきた。

「名前、おはよう」
「兄さま…おはようございます」

兄さまは持っていた朝食と紅茶、それにラズベリージャムを丸テーブルに置くとベッドに座った。私は兄の足の間に座ると兄は私の髪を梳かしはじめた。髪を結い終わると同時に後ろから抱き締められる。兄さまの香水の香りが広がった。

「昨日はよく眠れたかい?」
「はい、兄さまが寝る前に淹れてくださったハーブティーのお陰です」
「ふふっ、お腹減ったよね。朝食にしようか。今日はパンにサラダ…あ、ドレッシングはハーブだよ。それにオムレツ。食べたかったよね」
「はい、食べたかったです」
「うん。それならいいんだ…さあ、こっちへおいで」

兄さまに手招かれて、私は丸テーブルへ向かった。テーブルの傍には小さな小窓があって、晴れていればそこからバルカの街並みが見えるのだが、今日は霧が濃すぎて何も見えなかった。

「美味しいよね」
「はい、美味しいです」
「それなら良かった。そういえば今日はトーマと一緒にスールズっていう何もない村に行く日だったね」
「アガーテ様の任務です、よね…」
「そう、アガーテ様の任務。何?名前が言葉を濁すなんて珍しいね」
「…兄さま、アガーテ様は何をなさろうとしているのですか?…美しい女の子を集めるなんて、何か意味はあるのですか…?」

私がそう聴くと、今まで笑っていた兄さまの顔が急に険しくなった。私はビクリと震える。

「君は何も考えなくていいんだ。ただ言う通りに動けばいい」
「……はい、申し訳ありませんでした兄さま」
「分かればいいんだよ。…怖がらせてしまったね、ほらこっちにおいで」

兄さまの言う通りに、食事をしていた手を止めて兄さまの傍へと向かうと右手を引っ張られて兄さまの腕の中へ。兄さまは私を抱きしめると耳元でささやく。

「僕の言った通りに君は動いたらいいんだよ、名前。自分で考えなくていい。君は僕が言った通りに生きるんだ」
「…はい、兄さま」

私は兄さまに分からないように、目を泳がせた。…ねえ、何が正しいの?教えて、教えて。
こんなに不安定になることなんて、今までなかった。何でも兄さまの言う通りにしていた。服だって食べるものだって読む本だって、全て全て。自分の考えを持つことなんて、今までなかった。だから、分からない。何が正しいのかわからない。…それと同じように今回のアガーテ様に下された命令の意味が分からなかった。ねえ、分からないって悪いことなのかな…?

…こんな時、マオがいてくれたらな。マオは何でも教えてくれる。マオなら私の悩みをすぐに解決してくれるだろう。
マオはどこにいるのかな。ユージーン隊長と一緒に出て行ったきり。会いたい…マオに会いたい。

「サレに言われた通りにするんじゃなくて、自分の思った通りに動けばいいのに。そのほうが自分らしくいられるヨ?」

マオに言われた言葉を思いだす。自分らしくって何?何なの?
私はずっと昔から兄さまの言葉の通りにしか動かなかった。これが普通だと思っていた。…だけど、違うのかな。
何が正しいのか、分からない。自分が経験してきたことが少なすぎて、何が正しいのか、何が間違いなのか自分で判断ができない。
どうすればいいんだろう。…私は、どうすればいいんだろう。


「名前、そろそろ集合時間だから表へ行くよ。トーマとは違う馬車だから安心してね」
「はい兄さま」
「さあ、行こう」

兄さまが優しく笑う。
ねえ、どうしたらいいの兄さま。兄さまは私に考えてはいけない、と昔から言い聞かせてきた。
それを…信じてもいいのかな。…何も考えずに、兄さまの言う通り、アガーテ様の命令の通りに動いたら、いいのかな。
答えが見えないよ。…私は、これからどうすればいいの?教えて、兄さま、マオ…


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