空が暗闇に包まれれば耳と身体に響く大きなサウンドが始まる。



人々は身体を揺らしてリズムに乗りながらこの時間を楽しむ。



「お姉さん!一番強いのちょうだい!」


『っ!はいっ!』




私は思わず出そうになる欠伸をかみ殺してドリンク作る。


急いで渡せば、今まで目の前にいたはずの客は人込みの中に溶けていった。


ああ、眠い。








ここは私の住むこの街一番の大きなクラブ。



親の残していった借金に苦しむ私はこうして昼夜構わず働いている。






本当だったら、


きっと今頃は友達とたくさん遊んでカッコイイ男性と素敵な恋でもしてる予定だったのに…!!





……なんて、今更思っても仕方ないんだけどね。



強いて言うなら、連勤が続いて今にも倒れそうで辛いっていう不満ならあるけども。





「名前、また恐ェ顔してんぞ。」




コツンと眉間を小突かれた。



ククッと笑って私をからかうのはここの先輩の土方さん。


私が新人の頃から優しく教えてくれて何かと頼りになる先輩。



『え、まじですか?』



まさか土方さんに見られていたなんて恥ずかしすぎる。


『き、気をつけます。』


「…無理するなよ。」



私の借金まみれな事情を唯一知ってる土方さんはこうやっていつも私を気にかけてくれる。



「あ!土方、外で喧嘩してるからちょっと見てきてもらっても良い?」

「お、了解っす。」



店長のお願いに土方さんは私に一言「ちょっと行ってくるな。」と声をかけて裏口から出て行った。



また喧嘩かぁ、


よくあることだけど、土方さん大丈夫かな?




「あ、苗字。」


『はい!』


カタン


「このドリンクVIPルームまで持って行って!」


店長は奥の部屋のVIPルームを一度見てから私にドリンクを押し付けてきた。



ちなみに今日VIPルームを使っているのは"どこかの社長さん"らしい。



今日っていうか、最近はもっぱら"どこかの社長さん"がいつも貸し切っている。



今までVIPルームなんて関係なかった私はお客さんの情報はそれだけしか聞いていなかった。





あれ?


『…私が行っても大丈夫なんですか?』



いつもだったらお客様の機嫌を損ねないように、とオーナーとか店長が運んでるのに。



「今日は週末で人が回らないんだ。オーナーはいないし、俺は外の土方が心配だから今から見に行くから。大丈夫!今日のVIPは大人数だからなんとか苗字の存在は紛れる筈だから!」




自信満々に大丈夫!と背中をおしてくる店長。




大人数でなんとか紛れるって言われたって…。


いくらなんでも無茶があるでしょ。




でも、私も土方さんが心配だしなぁ。



『……。』



よし、ここは私が引き受けよう。


たかがドリンク運ぶくらいだもんね!



『分かりました。私行ってきます。』


「おぉ!VIPのお客様は気難しいお得意様だからくれぐれも気をつけてね!目立たず地味に。これだけ意識してれば大丈夫だから!じゃあ俺は外行くから!」



そういって店長はそそくさと足早に裏口から出て行った。



ちょ…!


気難しいとか聞いてないんですけどォオ…!!



目立たず地味にってどうすればいいの!?




ガクリと肩を落として私はドリンクを持ってVIPルームへと歩きだした。



 
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