晋助の家に上がり込んでから1日目、家に帰れなくなってから2日目の朝。



私は早朝からの仕事の支度をしていた。


急ぐ私とは反対に、晋助は社長出勤というやつなのか、朝から優雅に新聞を読んでいる。

さすが社長というか、一応は経済や世界情勢の新聞とか読むみたい。


私じゃさっぱりな難しそうな新聞を難無く読むその姿が似合うのが、これまた物凄くずるいと思う。


っていうかそんな時間があるならギリギリまで寝てればいいのに。


晋助は新聞から視線を外して、不思議そうな顔で私を見た。


「…いつもこんな朝早くから家出てんのか?」

『うん。っていうかむしろ今日は遅いくらい!』


いつもならもうとっくに家を出てる時間だしね。

今日はたまたま出勤時間が遅くなってるだけなんだけど。


そう答えれば、晋助は少しだけ目を見開いた後「そうか。」と一言だけ答えた。


『財布持ったし、携帯も持ったし……あと何かあったっけ?』

「家の鍵。」

『あ!そうだった!…ってちょっと!それ私が今家に帰れないの知ってての嫌みですか?自宅の鍵なんて元から肌身離さず持ってますよコノヤロー!』

「……何言ってんだテメェは、」


晋助の言葉にいじけていた私に晋助が手渡したのは、ここの家の鍵。

鍵っていうかカードキーなんだけど。


『え、ここの鍵…だよね?』

「それ以外に何があんだよ。」

『まぁ、そうなんだけどさ。…でも、いいの?』


いくら居候とは言え、他人の私にやすやすと自宅の大事な鍵を渡すなんてあまり好ましくないだろうに。


「今日は和食で。」

『……は?』


期待の返答とは大違いな言葉に、思わずポカンとしてしまう。

え、何この自由的発言。

一体、鍵と和食がどう繋がるっていうんだ。


「バカ面すんな、アホ。今日の夜は和食にしろって言ってんだよ。」

『夜ご飯の…リクエスト?』


今だに意味が分からなくて首を傾げれば、晋助が口を開いた。



「俺より先に帰って、俺のために飯作って、俺の帰りを待ってろ。」



そう言って晋助はニヤリと笑った。


…あ、そういう事ね。

要は家政婦の様に尽くせって事か。

そりゃ確かに鍵がないと困っちゃうもんね。


『…わかりましたよー。ご主人さま。』


仕方ない、お世話になってる間は誠意をつくして恩返ししなくちゃだからね。


『…って何で顔赤くなってんのよ。』

「べ、別に。…お前が呼びたいなら普段からご主人様って呼ばせてやっても構わないけど。」

『は?呼びたいわけないでしょ!』


バカ!と叫んで私はカバンを肩にかけて再度晋助を見た。

私の拒否の言葉を聞いてつまんなそうにする晋助に、口を開いた。


『それじゃあ行ってくるからね!』


いくら出勤時間が何時もよりも遅いとはいえ、もうそろそろここを出ないと遅刻してしまう。


急ぐように晋助に背を向ければ、不意に後ろから聞こえた声。






「おォ、いってらっしゃい。」






その声にビクリときて、玄関に向かっていた足を止めて思わず振り返った。


『……。』

「あ?なんだよ。忘れモンか?」


振り返った私を見て怪訝そうな顔をする晋助。


『……や、何でもない。』

「?」

『い、行ってきます!』



そういってごまかすように玄関から飛び出した。


うわ、どうしよう。


行ってきますの挨拶が返ってくる事が、やけに嬉しく感じてしまった。


にやけそうになる顔を隠して、私は足を進めて歩きだした。


 
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