大きくため息をつく。 外を見ればどしゃ降りの雨、あいにく傘は忘れてしまった。というより、いらないと思って持ってこようともしなかった。天気予報では降水確率0%のかんかん晴れ、というほどまで言っていたのに、全く困ったものだ。 幸いここから自宅までは近いから、走ればなんとか帰ることが出来るだろう。…びしょ濡れにはなると思うが。 カードキャピタルに着くまではまだ降ってはいなかったのだが、少し経つとぽつぽつと、そしてざあざあと降り始めた。今思えばあの時寄らずに帰ればよかったと思うのだが、後悔してももう遅い。 今日は櫂もいないし、暇潰しをするものもない。デッキも忘れた(というよりも組み直すために置いてきた、と言った方が正しいかもしれない)し、頼みの綱の携帯は既に充電切れだ。 店内にも人はまばらで、俺が知るものはいない。アイチもカムイもあの森川でさえも、だ。やはりみんな帰ってしまったのだろうか。 時計は午後四時を示している。 しばらく自動ドアの方を見つめていると、見覚えのある者が傘を畳み、入ってきた。 ここの店員(と言ってもお手伝いだけど)の戸倉ミサキである。 「ミサキ姉ちゃん、来たんだ」 「本当は帰ろうと思ってたんだけどシンさんに頼まれてね…」 「そーなんだ、偉いじゃん」 「………別に」 ミサキは気だるそうにしている。 それでもぶつぶつ文句を言いながらもちゃんと着替えてレジに立つミサキを見て、なんとなく笑った。 「……なに」 「ん?別に何でもねーよっ」 じとっ、とこっちを見るミサキもまた可愛いなと思った。 というより、初めて会ったときから可愛いとは感じていた。しかし店員にしては無愛想で、レジで黙々と難しい小説(一度だけ覗いたことがあったがさっぱり理解出来ない内容だった)を読んでいて、少しでも騒げばすぐ怒る…普通にしていれば可愛いのに、というのはまさにこのことなんじゃないかと思う。 なんて思いながら見つめていたら睨まれたので、慌てて視線を逸らした。 「……雨、止みそうにないなー」 雨は止むどころか更に強さを増し、遠くの方では雷も鳴り始めている。 気付けば俺とミサキ以外に店内に残っているのは店長代理だけになっていた。やはり皆、止まないことを知ってか、足早に帰ってしまったようだ。 時計は午後六時半を示している。 ミサキはレジ付近の電話の受話器を取り、いくつかボタンを押し、耳に当てた。電話はたったの一分ほどで終わった。 「シンさんに連絡したら警報も出てるし、店閉めて帰っていいって」 「ふーん、そうか」 「だからあんたも帰って」 帰って、とはずいぶん冷たい言葉だなんて思いながらも、出していた荷物を片付け始める。 一方のミサキの方は気付けば着替え終わって、荷物を抱え、右手に鍵を持って待っていた。足をパタパタさせて、どうやら俺を待っているみたいだ。それでも急かさないところがいつものミサキらしくないような気もしたが、あまり待たせるのもよくないので、とりあえずパパッと荷物を鞄に突っ込み、店を出た。 「うひゃー!すげー雨だなー」 「…あんた、傘は」 「ん?持ってないぜ?だから走って帰る!」 「……ばかじゃないの」 へらへらと笑ってみせるも、ミサキに冷たく返されてしまった。ミサキとはいつもこうである。 「………ほら」 短い言葉とともに差し出されたのは、黒い折り畳み傘だった。 そっぽを向くミサキと、それをぽかーんとしたまま見ている俺。そのままどう反応したらいいのかわからず、しばらく静寂は続いた。 「これって、」 「貸してやるから今日はそれさして帰りな…」 「ありがとな、姉ちゃん!」 「っ…!」 気のせいだろうか、彼女にはさっきまでの冷静そうな様子はなく、少し頬が赤くなっているような気がする。…いや、気のせいでないと信じたい。 それを聞いたら「うるさい!」と一蹴された。 「それじゃあ借りてくぜ。今度返す!」 「…当たり前」 「ははっ!じゃあなー!」 手渡された傘をひろげ、再びミサキを一瞥し、にかっ、と笑ってカードキャピタルをあとにする。 たまには雨も悪くないと思った六月の夜のことだった。 |