琥珀の月 | ナノ


▼ 数歩先に揺れる尾

 
 
 
 
 
 
2005年8月。


都内某廃校。時刻、22時05分。





「遅れてすみませ〜ん」



まるで気持ちの込められていない謝罪と共に、五条悟は集合場所に既に揃っていた人影に合流した。



「遅いぞ、悟。5分遅刻だ」

「女子待たせるなよ〜」



注意してくる同級生二人に「5分くらい許せよ」と返しながら、五条は周囲を見回す。

郊外の、それも山に囲まれた廃校ともなれば明かりもない。辺りは真っ暗で、一つだけある街灯のみが五条達のいる校門付近を照らしている。他に人がいる気配はない。



「つーか、“担当”? 来てねぇじゃん。そっちのが遅刻だろ」



今回の任務は廃校に出る呪霊の掃討。1級相当の呪霊がいるかもしれないということで、一年生三人の他にも呪術師が派遣されると聞いていた。しかし、そのもう一人の姿が見えない。



「来てねぇなら俺らだけで行こうぜ」



錆びついた門に手をかけようとした五条の腕を、夏油傑はやんわりと止めた。



「いや、来ているよ。私達が来るより前に待ってくれていたみたいでね」

「あ? じゃあなんでいねーの」

「アンタが遅刻するからでしょ。全員集まるまで様子見てくるって言ってたよ」



家入硝子がいつも通りのやる気のない声で説明する。

とりあえず腕を下ろした五条は、サングラスの下の目を細めた。



「集まるまでって…今度は俺らが待たされんのかよ」

「先に待たせたのは君だけど」

「そうだけど!」



 フ…



「「!!」」




それは丁度、顔を合わせていた五条と夏油の真横。門の上に突如現れた影は、音もなく幅の狭いそこに着地した。





「−−すみません、お待たせしました」



頭上からかけられた男女の区別のつかない声に顔を上げれば、金色の目と視線がかち合う。次には影はひらりと門から飛び降りて一年三人の前に立った。


目線を下に下げ、「…はぁ?」と思わず低い声が喉の奥から出た。



己の胸ほどまでしかない背丈。ぱっと見でわかる華奢な身体。まだ幼さの抜けない顔付き。どこからどう見ても、子供だった。


小柄な体躯をすっぽりと覆う黒いケープの首元には、縦に二つ並んだ高専の制服と同じボタン。しかし高専でこんな子供など見たこともない。



「おかえり〜」と呑気に出迎えた家入に「ただいま、です」とたどたどしく返した子供は、三人の顔を順繰りに見上げて小さく頭を下げた。



「廻神流生です。よろしくお願いします」



頭と一緒に揺れた長いポニーテールを、五条は遠慮なしに掴んだ。ぐい、と無理矢理上を向かせた顔に身体を折って己の顔を近付けるが、子供は表情一つ変えずに目を合わせてくる。


琥珀のような双眸が街灯の青白い光を浴びて冷たく反射する。黒髪と色白な肌の中では一層その色が際立っていた。顔立ちだけなら、数年後にはとんでもなく美人になりそうではある。

だが、子供は子供だ。



「コレが担当ぉ? ガキじゃん。何歳?」

「13です」

「13…じゅうさんんん?」



「女の子に乱暴はよくないと思いまーす」



横から子供−−廻神流生を引き寄せた家入が、乱れた結び目を直してやっている。素直に黙って受け入れている様子は人形のようだったが、お礼を言うあたり律儀である。終いに頭を撫でられて目を細めるのだからますます子供ではないか。


何故こんな子供が、と再び小さな頭に手を伸ばす前に夏油が流生に声をかける。



「始める?」

「はい。敷地内は一通り見てきたので。恐らく呪霊はすぐには出てきません。まずは行方不明者を探しながら進みましょう」



一瞬夏油と家入が目を見開いたのが気になったが、五条は「じゃ早く行こうぜ」と急かし今度こそ門を押し開ける。



先に歩き出した五条の後ろで、夏油と家入は同時に溜息を吐いた。



ケープから白い手袋に包まれた手を出した流生は、その小さな手で印を作る。



『闇より出でて闇より黒く その穢れを禊ぎ祓え』



元々暗かった空に更に“帳”が降りる。




「……忘れてた」

「あぁ…でもこんな時間に人も来ないんじゃ?」

「念の為です。それじゃあ、行きましょう」




22時10分。任務開始。
 
 
 
 
 
 

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