琥珀の月 | ナノ


▼ 色を与えたのはどちらか

 
 
 
 
 
妙な風習のある村だった。

いつから続いているのか知らないが、拳大の琥珀に何の力も無い紙札を貼り、それを祀って毎日毎日何事かを祈っていた。大昔ならまだしも今は何時代だと思っているのか。



私は最初から“それ”が何の力も持っていないことに気づいていた。確かに琥珀自体は良いものだが、ただそれだけだ。本当に力がある物には、相応の“モノ”がついている。






私は“視える”人間だった。明らかに人ではないモノが彷徨いているのをよく見かけたが、でも他人には見えていないことも分かっていて、見えないフリをしていた。


何故かと聞かれれば、村に残りたかったからだ。


村では“視える”子供は追い出されていた。とにかく村の外へ、小学校へ上がる前には選別され遠ざけられ……否、二度と関わりを持たないように除去された。

意味も分からず投げ出された彼らはきっと食われてしまっただろう。子供は素直で、純粋で、愚かだ。








視える人間にも視えないモノが、私は視えていた。


私が唯一好奇心を惹かれたモノ。その好奇心が、村に残りたい理由。


それが普通ではないことは本能的に分かっていた。恐らくは“分かっていた私”が何より普通とかけ離れていたのだろう。






















「君、僕が視えてるね」



ある時、金色の双眸が私を捉えて柔和に細められた。穏やかな声で断定的に問われ、私は素直に頷く。



「やっぱり。私以外にもそういう人はいるけど、あなたを認識できるのは私だけなんだ」

「そうだねぇ。今の僕は相当“薄い”から。君の力が強いのは産まれる前から知っていたけれど、数年でこれなら将来はもっと凄くなるね」

「へぇ」

「……興味ないのかい? なんなら、大人達に僕のことを言えばいいのに」

「言ったらどうなるの?」

「……神様になる、かなぁ」

「カミ……」

「まだわからないかな?」

「いや、分かるよ。ただ、証明できない存在を引き合いに出されてもイマイチ納得できない」

「神はいないと?」

「いるかもしれないしいないかもしれない。ヒトの及ばない領域」

「ふぅん、不可知論か。君、どういう思考回路してるの? まだ5歳にもなってないのにその言動は不釣り合いだ。他の人間には“それらしく”振る舞っているようだけど」

「あなたが何なのか興味があった。ずっとここにいるってことは理由があるはず。何かに縛られて離れられないのかと思ったけど違う。ここにあなたを縛っているものは何も無い。いろんな可能性を消していって、残ったのはあの琥珀だけ。でもあれはただの琥珀。どうしてあれに拘るの?」

「……」

「視える子供は外に出されてしまうから。そうなると分からないままでしょ? 私はいつでもここから出られるけど、戻ってくるのは多分無理。死ぬならせめてあなたが何か知ってからがいい」

「……驚いたなぁ、予想以上だ」

「あの琥珀にも、貼られてる札にも、何も無い。あれだけヒトの祈りを受けていて何も無いのも変かも。もしかして、あれの本体はあなただったりして?」

「……そういうことか。今わかったよ。君は無意識下で既に操作してるんだね。いやぁ、道理でその思考のはずだ」

「…………」




いつも村で見かけるモノは大体がよく分からない異形の姿をしている。目がいくつもあったり、手足の長さが異常であったり。そもそもヒトの形をしている方が珍しい。

たまにヒトの言葉を喋っているようなモノもいたけれど、ほとんど片言で意思疎通なんてできないと分かっていたのでそもそも話しかけたこともない。



でも目の前にいるのは、人間と変わらない容貌をしていた。いや、正確には形はヒトだけれど、綺麗過ぎる容姿が逆に人間とは思えない雰囲気を醸している。人間でないことは既知だけど。



瞬きをして見つめていると、ふふ、と柔らかな笑い声と共に同じくらい柔らかに優しく頭を撫でられた。



「まだ荒削りのようだけど充分。あの琥珀にはね、僕の力が入ってるんだ」

「? 何も感じないのに?」

「そりゃそうさ。封印したのは僕なんだし、隠すためにわざわざあんな大きな媒体(いし)まで使ってるんだもの。ここの人間達はあれに僕が入っていると思って必死になってるけどね。尤も、今じゃ誰も本当のことなんて知らないよ。馬鹿正直に伝統を継承しているだけさ」



あはは、と今度は軽快に笑った。依然私の頭に乗せられている手にぽんぽんと叩かれる。


象牙色のふわふわとした髪に甘い蜜色の瞳、白い肌。人畜無害、清廉潔白、純粋無垢、みたいな見た目をしているのに、人間に対する冷めた感情が確かに伝わってくる。



「あなたは何?」

「おや……僕の正体がわかったら、君はここを出て死んでしまうんだろう? それは面白くないから教えてあげない」

「あなたが視えるのが私だけだから?」

「うーん…視えるに越したことは無いけれど、別にそうじゃなくても君は僕のお気に入りだし。言ったでしょ、君のことは産まれてくる前から知っていたんだよ」

「ふうん…」



うん? と微笑む綺麗な顔。喋り方がこう、ゆったりとしているせいか、段々と眠くなってくる。





「見たことのない存在よりも、あなたの方が、私には神様に見えるよ」



金色の目を見開いて、次には本当に花が咲いたように嬉しそうに笑ったものだから、私は首を傾げた。陶器のようだった頬までほんのりと朱に染まっている。



「ふふ……神なんて、人間が生み出した偶像でしかないかもしれない。姿形も知れない。君はわかっているのに、それでも僕がそう見える?」


「うん」






「−−行こうか、ルイ」



何処に、とは聞かなかった。

私はただ、差し伸べられた手を取っただけ。



























6月某日。

地震によりXX県XX村山岳部にて土砂崩れが発生。巻き込まれた神社が崩壊し、一部の住民が狂乱状態に陥り集団ヒステリーを群発させる。発生した負の感情から呪霊が多数出現。

この鎮静化のため高専より呪術師数名が派遣されたが、現地到着時、村内に呪霊の姿は確認できず。

調査の末、高専は呪霊を祓ったと思われる少女1名を確認。同保護者は先の集団ヒステリーから昏睡状態で入院していたため、少女の高専での“一時保護”を決定した。


数日後、病院に呪霊が出現し、遭遇した病院関係者及び患者数十名が命を落とした。中には少女の両親も含まれており、高専は身寄りのない少女を『呪術師の可能性がある』として保護し、監察下に置いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
→作者から注意っぽい説明

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