琥珀の月 | ナノ


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運良く空いたばかりの窓際角のテーブル席に案内された四人は、二人ずつに分かれて腰を下ろした。問答無用で角へ置かれた流生、その隣に夏油、正面に五条、斜め向かいに家入だ。完全に包囲網を張られている。


「…悪意」と目を据わらせて零した流生に、テーブルの下で五条の長い脚から蹴りが飛ばされた。悪意以外の何物でもない。




任務帰りでそのままの格好だった流生は、家入の監視付きで着替えを済ませていた。高専のボタンのついたケープは任務時用に充てられたもので普段は着ないのだ。そういっても大体が任務のため着ていない日の方が珍しいのだが。

ともあれ、シャツにベスト、緩めのパンツになれば随分と他の三人とも調和がとれているように見える。男子二人は制服の上着を脱いだ状態、家入は制服はそのままだがタイツは未着用で、少しはそこと季節感が寄っただろう。



何頼む? とりあえずはそれぞれ食いたいやつ。私スープ付きのセット。俺肉系の気分。私は麺かな。ドリンクバー全員分ね。あとはテキトーに気になったの頼んでけばいいだろ。流生のはどうする? バランスを考えれば定食系がいいかな? おっ、デザートかき氷あんじゃん。



顔を寄せ合いメニューを覗き込む三人に己に選択権は無いらしいと悟った流生はテーブルに突っ伏した。最初に何が食べたいか聞いたのは五条のはずである。


このまま寝てしまいたいとも思ったが、そうなれば無理矢理にでも起こされそうな予感がしたので意識は保たせる。





−−そういえば、起きる前に見ていた、あれは夢というよりは過去の記憶だった。

何故今になって引き出されたのか、自分の脳が起こしたことなのに原因が分からない。何か、あの記憶に結びつくような出来事が、どこかに……。







『−−吐き気がする』








「……なるほど」



呟いて、顔を上げる。

 


「どうかした?」



携帯を片手で弄っていた家入と目が合う。五条と夏油も流生を見ていた。知らぬ間に注文は済んでいたようで、メニュー表はテーブルの端に寄せられていた。



「私は皆さんに謝らないといけませんでした」



すみません。そう言って三人に頭を下げる。



「「「は?」」」



顔を上げれば揃って“意味が分かりません”という表情をしていた。



「この間の任務のことです。1級呪霊がいる可能性があったので私が同行しましたが、あれは本来2級任務でした。結果的に特級相手の危険な任務に同行させてしまったのは、申し訳ないです」

「いや、その危険な特級瞬殺したの流生じゃん? 私危ないとも思わなかったけど」

「そうだね。あの呪霊がどのくらい強かったのかは分からないが、君がいなければ私達も無傷で済まなかったかもしれない。むしろこちらが感謝するべきとも言えるんじゃないかな?」

「……」



流生は“感謝”というワードを頭の中で反芻して、万が一にもあり得ないと否定した。



夏油が飲み物を取ってくると言えば、家入もそれに連れ立って行った。希望を聞かれた流生はオレンジジュースを頼んだ。五条が何も聞かれなかったのは大体飲む種類が決まっているからだろう。



正面でテーブルに頬杖をつくその五条を何となしに見ていると、感じ取ったのか目が合う。



「オマエ、ちゃんと飯食わねぇとずっとチビのまんまだぞ。腹減らないとか言うワケ?」

「いえ…」

「今は? ずっと寝てたなら朝も抜いてんだろ」

「お腹は…空いてますけど」

「ならまず食え。話はその後でちゃんと聞く」

「!」

「…なんでびっくりしてんの?」

「いや…他人の事情なんて知ったことか、みたいな感じだと思ってたので。“ちゃんと聞く”なんて言われるとは…」

「偏見」

「硝子さんからクズだと聞いてます」

「ぁあ!?」

「入学して半年も経たずでその評価を受けるなんて相当ですよ。何したんで…蹴らないでください、痛いです」

「何もしてねぇよ。蹴ってないし、足長いから当たるだけだし。被害妄想ヤメロ短足」

「なるほど、それは失礼しました。ジタバタしてないと落ち着かないんですね。だから何度もぶつかるんでしょう。すみません、配慮が足りなくて、私正座でもしましょうか」

「……」

「……」





「何真顔で見つめ合ってるんだ?」

「下見なよ。めちゃくちゃ蹴り合いしてんじゃん」

「2人共器用だな。静かに喧嘩するなんて」

「どうでもいいけど大人しくして。座れない」



それぞれ両手にグラスを持った夏油と家入が戻ってきて、テーブル下の攻防は幕を下ろした。



前に置かれたオレンジジュース。一応持ってきたけどストロー使う? ぷらぷらと指の間で揺らされるそれに頷き礼を言って受け取る。包装を解いて氷を押し退けながら差し込み、早速一口喉へ通せば、よくある柑橘の甘酸っぱさが後を引いた。



「で、どうしたらこの短時間で蹴り合いになる?」

「違いますよ。先輩がジタバタしてただけです」

「テメェ殴る」



伸びてきた手を軽く避け、もう一口。ヒクリと口元を引き攣らせた五条に構わずジュースを飲み続けていれば、それを見ていた家入が目を細めて指摘した。



「流生、それ癖でしょ」

「?」

「一気に飲むの。いつも紙パックのやつすぐ飲み干してるし。だから余計ご飯食べなくなるんだ」

「…?」



首を傾げた隙に横から手が伸び、グラスを攫っていく。流生は何も無くなった手元をただじっと見下ろした。


そこまで仲は良くないのではと思っていたが、この三人は変に連携は上手いらしい。大体分かったのだ。五条と夏油は同類である。態度が違うだけでやっていることは似たり寄ったりだ。



「主食入れてからにしなさい。ちゃんと胃を慣らさないとこれからも食べられなくなるよ」

「お母さん」



「「お母さん」」



思わず流生の口から溢れた単語を五条と家入が反復する。

夏油はにっこりと笑い流生の頭に手を置いた。





「痛い、痛いです、頭掴まないでください」

「全然痛がってないね」

「ごめんなさいママ。ちゃんと食べますから許してください」



「「ママ」」



「頭潰すよ」

「虐待です」




「ちょっとパパ、あの親子喧嘩止めてよ」

「は? 笑えない冗談よせよ、気持ち悪ッ。あんな嫁もあんな子供も願い下げだわ」


「安心しろ。君みたいな父親も御免被る」

「どっちも論外だと思いますけど」


「「……」」


「蹴らないでください、痛いです」




結果、流生は前と右二方向から蹴りを食らった。これは確実に明日には痣が出来ているだろうレベルだ。



「アンタら揃って馬鹿か」
 
 
 
 
 
 

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