琥珀の月 | ナノ


▼ 巡り合い、

 
 
 
 
 
 
『子供ながら呪霊を祓う術を既に身につけている』

『あれは逸材だ。あの“呪い”さえ無ければ……』

『我々の元で育て、自身に祓わせればいい』

『だがもうあれは“呪い”の域を出ているのだぞ!』

『いっそ憑かせてしまえばいいのでは?』

『なるほど。その後で諸共消し去るということか』

『しかし御三家に劣らぬ能力……新たに呪術界の要となりえる存在だ』

『安易と消してしまうのもどうか……』











『ふふ…何か勘違いをしているようだけど。君達、まさか僕らに指図できるなんて思っていたりするのかな』



『−−“そこ”は安全かい?』





















ゆっくりと意識が浮上する。


一定のリズムで揺れる感覚と体の前面に感じる温かい温度が再び意識を落とさせようと迫ってくるが、珍しく見た夢が気にかかり瞼を上げた。


ぼんやりした視界を流れる景色は見慣れた高専の廊下で、中心にずっと白い何かが映っている。やがて鮮明になったそれが人であり、つい先日任務を共にした人間だと気付いた。

白い髪だ。それにサングラスと、合間から見える煌々とした瞳。


ふいにこちらを向いたそれと目が合う。



「あ、起きた」

「……」

「オハヨ〜、まだおねむかなぁ?」



ニヤニヤした顔が鼻先まで近付いてくる。ので、反対側へ顔を背けて流生は目を閉じた。「オイ」と結んだ髪を引っ張られるが気にしない。



「やめろ悟。女の子だぞ」



分かってはいたがすぐ近くから聞こえたのも夏油の声であった。どうやら背負われているらしい。膝裏に回る腕はしっかりと己の体を支えていて安定感がある。


どこに向かっているのかは不明だが、与えられる温度と揺れは絶妙に心地好く眠気を誘う。何やら話しているのも耳に届くのは音だけで言葉として脳に伝達されない。どうせ苦になっているようでないならこのまま運ばれてしまおう。


そう考え本格的に落ちそうになった瞬間、夏油の肩につけているのとは逆の頬をグニと引っ張られた。



「おい、コイツまた寝るぞ」

「回り込んでまでちょっかい出すなよ。佐野さんにも寝てる時は極力起こさないように言われただろ」

「いやさっき起きたんだからいいじゃん」



痛みが走る程力を加えられ、流生は重い瞼を上げまた正面にいる五条を見つめた。わざわざ場所を変えてきたらしい。目が合えば頬が解放される。



白い髪はいつかの記憶に残る雪景色を思い出させた。どこだっただろうか。北海道か、東北か。しんしんと降る雪の中を歩いた記憶。手足の先が冷たいを通り越して痛いと感じるようになり、最終的には感覚すらなくなる。寒色の瞳も相まって、流生の頭の中の季節は冬の様相と化していた。



「なんだよ、ジーッと見ちゃって? 見惚れたか?」

「先輩見てると…寒くなる」

「どういう意味だコラ」



体まで冷めていくような感覚がして、夏油の首に回されていた腕に少し力を込める。真夏だというのに何という錯覚だろうか。


何だかんだやいのやいのと騒がれている内に段々と睡魔が遠ざかっていくのが分かる。

そもそも何故背負われているのか。どこへ連れていかれているのか。眠る前自分は何をしていたのか。

んんん、と小さく唸った流生に、夏油が察して説明を始めた。



「一昨日から任務だったんだろう? 佐野さんに送られて高専に着いた所に丁度居合わせてね。ずっと寝てるからそのまま連れて行ってほしいってさ」

「……」

「寮に向かっていたんだが、夜蛾先生に会って“一緒に教室に行け”と指示された。報告は後でいいらしい」

「オマエ高専(ウチ)の寮にいたんだな。にしては今まで見たことねーけど」

「…長期任務で離れていたので。硝子さんにはあの任務の後別の日に会いましたけど」

「マジで? アイツ何にも言ってなかったよな? 知ってたら遊びに行くのに」

「それが嫌で言わなかったんだろ」



食い気味に確認する五条に夏油が返す。

「ああ? なんで」と本当に分かっていない顔で睨む五条に、まさか無意識に煽っているのだろうかと流生は考える。僅かな関わりながら人を小馬鹿にしたようなその態度がデフォルトであることは分かる。ただそれが故意でなく自然だというなら相当な性格だ。



「というか、目は覚めてしまったみたいだね。降ろそうか?」

「……疲れますか」

「いや、別に?」

「なら、めん……楽なのでこのままお願いします」

「今面倒って言おうとしたよな?」

「いえ。気のせいです」

「……」

「……」

「……」



三人は沈黙の中真顔で見つめ合う。



「…流生ちゃんって案外大雑把なのかな?」

「……」

「この前は時間がどうこう言ってたクセにな」

「それは夜蛾さんに言われたからです。気にしなくていいなら急ぎませんでした」

「あっ! そういえばあん時オマエめちゃくちゃ怒ってなかった? 特級祓う直前。殺気飛んでた」



流生は指摘された部分の記憶を手繰り寄せる。



体育館に入った瞬間そこは領域内だった。不完全ながら領域を展開する能力を持つ呪霊。あれのどこが“1級かもしれない”で済むというのか。


呪霊は“あるもの”−−特級呪物と呼ばれる呪いの塊を取り込んでいた。それが直接の原因で特級並みになったのだろうが、なってまだ日が浅いことは明白であった。そうでなければ睨んだだけで竦むことも、ああも簡単に祓われることもないのだから。

呪霊は本来、発生した場所に留まる性質を持つ。あの時の特級も元は廃校にいた下級呪霊だろう。つまりはそこに“ある時点”で現れた特級呪物を取り込み、今回の騒動に繋がったということ。


そもそも、あの場所に特級呪物が保管されていた記録は無いし、偶発的に出来上がったとも考えにくい。宿儺の指でこそなかったものの、回収したものはそれに劣らぬ呪力を保有していた。

あそこまでのもの、事前にその情報が上がってこないということはまずあり得ないのだ。



行き着く答えは、“何者かが意図的にそこに置いた上で更にその事実を隠していた”。



「……そうですね。今でも吐きそうです」



最初に“意図”に気付いたあの時程ではなかったが、それでも表情に滲ませてしまった嫌悪に、五条が眉を寄せた。



「毎回そうなんのかよ」

「……いえ」



流生は瞬きして五条から目を逸らした。



言うべきでは、ないのだろう。

どんな理念や矜持を胸に道を歩むか、決めるのはあくまで自分自身。そこに他人など必要無い。判断材料にはなっても決定権はないのだ。


口から出そうになったのは己の偏見で、わざわざ他人に聞かせるものでもない。



「悟、開けて」



教室に着いたらしく、立ち止まった夏油に促された五条が怠そうにしながら戸を開けた。
 
 
 


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