追いかけたい!!

 










 『今日、暇?』
 ぴろりん、と音がして、高尾はポケットから携帯電話を出した。開くと、サブタイトルもなしで、ただそれだけが送られてきていた。
 『部活のあとなら』
 『今日、会おうぜ。校門で待ってる』
 すぐに返事が帰ってくる。
 『了解っす』

 部活を終えて、校門へ走る。緑間には「優先順位を間違えるようなことは、もう、するな」と溜息混じりに部室を追い出された。空っぽのリアカーがついた自転車を漕ぐ、緑間をすごく見てみたかったのだが、そう言ったら、殴られた。
 「……っ宮地さん!!」
 「おー、久しぶりだな」
 「久しぶり……すか」
 「ああ、三か月ぶりだからな」
 校門に寄っ掛って、ひらひらと高尾に手を振った。高尾は膝に手をついて息を整える。宮地の言葉が、どことない寂しさのようなものを含んでいて、久しぶり、という言葉の重さを感じた。ぜぇぜぇ、とまだ荒い息の高尾の背を、大丈夫か?と苦笑いでさすった。
 「っは……。今日、会おうって。やっと、落ち着いたってこと?」
 どうせ、部活後で汗だくなのだが、練習着で汗をかくのと制服で汗をかくのでは全く違う。思わず、シャツが背中にべったりと張り付く不快感に顔をしかめる。
 「ん。バイト先も決まったしな」
 おいおい、どんだけ急いできたんだよ、とそんな高尾の背中をぽんと叩く。もう、平気っす、と身を起こす。
 「宮地さんが、なんか……らしくない。気持ち悪い」
 「ほお。轢かれたいか」
 物騒なことをさらりと笑顔で言った。
 「いつもの宮地さんだっっ」
 がばっと抱きつく。いつもの笑顔に安心すると同時に懐かしさを抱き、複雑な気持ちになった。いつもの笑顔、がいつもでなくなって、もう三か月も経つのだ。懐かしく思えるほどなのだ。なんだかんだと三年生は卒業してからも何度も練習に顔を出してくれていたし、新年度になってからは新部長に新入部員など、いろいろ環境の変化に忙しかったので、『卒業』を実感している暇はなかった。
「こんなところで何やってんだ。暑い」
そう言いながらも、軽く高尾の背に腕を回す。高尾は宮地の胸のあたりに額を押し付けた。ポロシャツは微かな湿り気と共に体温を伝えてきた。
「汗臭いだろうが。ほら、離れろ」
「んなこと言ったら、オレのがくさいっしょ。部活の後だし」
「慣れてるよ、今更だろ」
いい加減にしろ、と引っぺがされる。宮地がそのまま歩き出したので、高尾も横に並ぶ。どこかに行くのだろうか。ずっと、ここにいるつもりはなかっただろうが、どこか行くあてはあるのか。宮地のことだから、黙って付いていけば平気だろう。いつものとおり、そんな風に考えながら、隣を歩くのだった。
 
 六月の頭となれば、気温も随分と上がる。宮地達を送り出した、つぼみだった桜はとっくのとうに花を散らせ、葉を青々と茂らせている。まだ、梅雨はやってきていないものの気温が上がった分だけ湿度も上がる。外を歩くだけでシャツはうっすらと湿気を含み重くなる。卸したばかりのシャツには、独特の堅さが残っていて、落ち着かない。宮地はうすく鈍めの青のポロシャツにベージュのカーゴパンツを履いていて、すっかり大学生然としていた。遠い背中がさらに遠くへ行ってしまったようで。少し悲しくも寂しくもあった。
 「宮地さん、背ぇ高いからホント、何でも似合うっすね。そんな無難な格好でも、カッコイイとかずるい」
 「お前だって、小さくはないだろ」
 「宮地さんと並んだら、ちっさいすよ。いつも真ちゃんの隣にいるから、まわりからも小さいと思われてるし」
 つか、センパイ含めてみんなでか過ぎなんすよ、と拗ねたように続けた。
 いつも緑間といるイメージが相当、強いのか、緑間と離れて、他の友達と話していたりするとまず、珍しがられ、次に「あれ、お前、こんなにでかかったっけ?」と言われる。平均身長はあるのだが、いつも190p前後の人達に囲まれているため、小さく見えるのも仕方ない事だとは言え、小さいと言われるのは心外なのである。
 「いつも、ね」
 「あ、やきもち」
 「やきたくもなるだろ。俺といる時間よりも緑間といる時間が長いのはいつものことだし、仕方ねーけど。もっと、そうなるんだろ。今は会いたくても、すぐ会えるって訳じゃないんだし」
 「うわぁ。宮地さんが素直だ」
 「うるせーな」
 「もっと、会えなくなるのか……やだな」
  「俺だって嫌だわ」
不貞腐れたように宮地が言った。どう返すか悩み、結局、何も言えなかった。何を言っても、今の状況が変わるわけでもない。今の状況を変えるつもりもないのだから。多分、自分宮地もその状況難なく耐えてしまうだろうから。会えなくても平気だとか、そんな訳はない。それは宮地も同じはずだと思っている。お互いにそう思っていて、思い合っているのに、我慢してしまうことは目に見えている。それを分かっていて、素直に甘えられない。心の何処かで、自分は重荷でしかないのでは。重荷にだけはなりたくない。そう思っているからなのだろう。
 沈黙のまま歩き続け、駅の近くまでやってきた。
 「どこか、行くとこあるんすか?」
 「いや、特には」
 「ノープランすか」
 「悪いか」
 お前、どこか行きたい?と言われ、丁度良く腹の虫が鳴いた。宮地が自分のことを見て、苦笑いをした。仕方ねーよな、といつになく穏やかに微笑まれて、ちくりと胸が痛む。
 「じゃあ、腹減ってるんで、マジバ」
 「そうか、ここにもできたんだったな」
 この駅は年始に大きな改装工事をし、その際に駅ビルができた。その一回にマジバが入っている。
 「よし、進級祝いに俺がおごってやろう」
 「どっちかっていうと、オレが宮地さんの入学祝いを祝うべきっすよね」
 「後輩に奢られてたまるか」
 マジバに入り、席を確保する。割と混んでいて、ぐるぐると何巡かして、やっと隅の二人席を見つけた。
 「なんか……」
 「ん?」
 「そうだ!高尾ちゃんのなんでもやってあげる券をぞーていします!」
 「え、いらん」
 「そこはもらっておきましょうよ」
 「分かったよ、じゃあ、もらっといてやるよ」
 「宮地さん……」
 「頼んでくるわー。お前、なに?」
 注文を伝えると、椅子の背もたれにかけたリュックから、財布だけ手に持ち、レジに向かった。

 「ほらよ。のみもんって、コーラでよかったよな」
 「あ、言い忘れてました?」
 「おー。まあ、いいんだけどさ。んで、高尾ちゃんのなんでもやってあげる券ってなにしてくれるんだ?」
 トレイをテーブルに置いて、高尾の分を渡す。ストローをさしながら、ポテトに手を伸ばしていた、高尾は、なんでもっすよーと答える。
 「じゃあ、嫁にこいって言ったらくんのかよ」
 「行ってもいいなら、行くっすよ?」
 「冗談だよ」
 ずいぶんと性質の悪い冗談を言ったな、と後悔するが、高尾は特に気にした様子はない。高尾見られないように小さなため息を漏らす。
 ハンバーガーの包み紙をかしゃかしゃと音を立てながら、あける。片手でハンバーガーを持ち、かぶりつく。高尾はコーラを一口飲んで、また、ポテトをつまんだ。
 「そういや、新部長はどうだ?」
 「頑張ってるっすよ?まぁ、大坪さんには及ばないけど」
 苦笑して言えば、宮地が嬉しそうに笑った。
 悔しいし、寂しかった。何度、こんなやきもちを焼いただろうか。自分は、宮地さんたちと一年も一緒にバスケできなかった。三年間、一緒にバスケをやってきて、苦しい思いも楽しい思いもオレの三倍もしていて、オレの知らない宮地さんを知っている。先輩たちには敵わない。時間には敵わない。それでも、自分の知らない宮地さんがいたんだと思うと悔しい。仕方ない、それが寂しい。
 「なんか、拗ねてる?」
 「拗ねてない」
 「 拗ねてるじゃねえか」
 「宮地さんと同い年に生まれたかった」
 「お前は……」
 はっと目を見開いてから、また、ため息をひとつ吐いた。仕方ねー奴だな、と高尾の頭をぽん、と軽く叩くように撫でた。
 「俺お前がタメだったらっていうのは、ちょっと、想像つかねえんだけどさ。やっぱり、 俺は、後輩で、生意気で、緑間とじゃれてるお前が好きなんだと思うよ。今の俺が好きなのは今のお前だ」
 さらっと言ってくれるなぁ。惚れ直しそう。ずるい。本当にずるいよ、宮地さん……。オレと宮地さんの間は縮まらないのに、絶対に、どんな努力をしても縮まらない部分があるのに。もっと、遠くなっていく気がする。宮地さんばかりがどんどん大人になっていってしまう気がする。オレは追いつけるのか、

 置いていかれてしまうんじゃないか。

 そんなことを考えてしまう。
 「そこは、どんなオレでも好きって言うところじゃないんすか」
 「俺は嘘は吐かないの」
 「宮地さんのばか」
 雑にハンバーガーの包み紙を解き、一気に頬張る。勢いが良すぎたのか、ちょっと、むせそうになった。さすが、育ち盛りの男の子である、あっという間に食べ終わってしまう。
 自分があまりにも子供じみていることに、腹が立つ。今日のオレ、情緒不安定なのかしら、とふいに思う。
 「お前、今、ひとり百面相してるぞ?」
 顔を除きこまれて、頬をぐにっと引っ張られる。
 「ひゃひ、ひゅんひぇひゅひゃ」
 「緑間の前だと、しっかりしてるくせに俺の前だと、ほんとに子供っぽいよな」
 「宮地さんのばか、ばかばか」
 幸せそうに笑って言う宮地。可愛い、と言われているようなものなのだが、今、一番言われたくない言葉だった。なんだかんだと世話を焼くのが好きな宮地にとって、それは褒め言葉に近い。そう、分かってはいても、傷付く。いつもの高尾なら、素直に喜んでいるはずである。宮地さんは特別だからと頬を緩ませていただろう。
「あ、分かった」
 宮地が高尾の頬をつねっていた手を離し、真っすぐに高尾を見た。
 
 「俺はお前を置いていったりしねえよ。そんな心配してんじゃねえよ、馬鹿」

 まあ、追いつかせてもやんねえけどな、とコーヒーをすする。
 「そういうところ嫌い」
 「そりゃ、どうも」

 追いついて横に並びたい。でも、ずっと前にいて欲しい。追いかけていたい。そう思うのは贅沢なのだろうか。矛盾しているけれど、どこかくすぐったいような、この気持ち